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第22話
ヤス:今日は泣かずに仕事に出て、ちゃんと夜の10時には帰って来て、死んだように寝ているよ
ヤスからの愛希観察日記に安心して、前ほどヤスに対して嫌悪感はなくなった。なんだかんだ世話してくれるのがありがたい。愛希の変化も少しずつ感じる。
ヒカル:ヤスさんありがとうございます。
ヤス:ちなみにこれはいつまで預かればいいのかな?
この質問に、手が止まる。
そう、2人は他人なのだ。いつまでも世話になるわけにはいかない。愛希の一人立ちが必須だった。
ヤス:困らせてごめんね。僕は大丈夫だから、分かったら教えてね。
(困らせているのは僕の方なのに…)
返信が来ないことで気を使ったのか、この日のメッセージのやりとりは、ヤスで終わった。本当に優しい人を振り回してしまっていることに落ち込んでしまう。
(そばにいたいのに…)
叶うことなら、愛希の世話を自分がしたい。でも、晴天に嫌な思いはさせたくない。また愛希と居れば一緒に落ちるのも分かってる。
(愛希、頑張って)
ぎゅっと目を瞑ってケータイを握る。もちろん、愛希からもたくさんのメッセージが来る。
疲れた、もうヤダ、会いたい、ヒカルしかいない、知らない人と一緒はきつい、怖い
愛希の悲鳴に頭がおかしくなりそうだった。晴天といても愛希がよぎって、自分だけ幸せになっていいのか、と落ち込んだ。
「ヒカル、食べに行こう!」
「ごめんね、晴天さん、食欲が全くなくて…」
「だ、か、ら、だ!!ほら行くぞ!」
無理矢理連れてこられたのはとあるマンションの部屋。
(隠れ家的なところかな?)
インターホンを押してドアが開く。エレベーターを登ってついたのは普通の部屋。
(え?ここ、誰かの家じゃない?)
ガチャリと開いたドアからはヤスが顔を覗かせた。
「いらっしゃい」
「へ?!は、晴天さん!?」
「気になって仕方ないんだろ?」
苦笑いした晴天は、お邪魔しますと敷居を跨いだ。恐る恐る入ると、リビングから愛希が走って来てヒカルに飛びついた。
「ヒカルっ、ヒカル」
「愛希、頑張ってるね」
頭を撫でてあげると、嬉しそうに笑う。
「愛希、食事の用意して。お客さんを席に。」
「はい」
ヤスからの指示に素直に従い、テキパキと準備する姿に、晴天とヒカルは唖然とした。
「愛希、よく出来たね」
愛希の準備が終わると、ヤスは微笑んでそう言い、両手を広げた。
「はい、頑張りました」
愛希はヤスに包まれ、幸せそうに笑う。
(え?え!?何これ)
愛希からの悲鳴はなんだったのか。呆然とするまま、席を案内され大人しく座る。美味そう、と喜ぶ晴天と違い、ヒカルは頭が混乱した。
「ふふっ!ビックリした?」
「はい…言いたいことがたくさんあって…ちょっと追いつきません」
「躾、しといたよ」
ニコリと笑う顔にゾクっとした。怖くて咄嗟に晴天の服を掴んだ。
「怯えないでよー。乱暴なことはしてないよ。愛希も頑張ったんだよね?あ、愛希も食べていいよ」
「いただきます。」
愛希はニコニコと隣で笑うだけで、指示が出るまで手をつけていなかった。
「立場を教えただけ。君は僕が捨てれば居場所がない、だから、精一杯僕に好かれる努力をしなさいって。」
「へ…?」
「最初は大変だったよ?泣いたり、叫んだり、暴れたり。あぁ、リストカットもしようとしていたね?その度に、ヒカル、ヒカルなら、って。」
愛希は自分の話をされているのに、大人しく、ニコニコと食べている。
「だから言ってあげたよ。君が言えないみたいだったから。ヒカル君は、愛希を必要としていない。重荷なんだよって。」
ガシャン!!
「そんなんじゃない!そんなわけない!!」
「ヒカル、落ち着け!愛希のためなんだ、分かるだろ!?」
「僕にとっても愛希は大事でっ、だから、でも、僕、っ」
言葉を選んで、誰も傷つけたくないのに言葉が出てこない。
この微笑みの意味が分からず、焦燥感だけが募る。
(ちがう、ちがう!ちがう!!)
「ヒカル、座って」
愛希からの言葉にハッとして愛希を見る。先ほどの笑顔はなく、いつも通りの愛希だった。
「ヤスさんの言ってること、正しいと思う。愛希に居場所なんかない。自分で壊したから。ヒカルに甘えてるのも、直さなきゃいけない。まだヤスさんにお世話になってるけど、いつかはちゃんと出て行くから。」
淡々と話す愛希はもう、疲れ切っていた。生きることさえも面倒くさそうにため息をついた。
「こんな愛希を置いてくれるヤスさんには感謝しかない。そう思ったら、この人に認められたいと思ったの。変わりたい、そう話したら協力してくれるって。」
愛希はヤスを見てまた笑った。
「でもね!本当に怖いの!容赦ないっていうか…。お仕事の人たちより怖い。だから、お仕事頑張れる。」
「怖そうに見えねぇけどなー…」
「ふふっ!晴天君てば!見たまんましか受け取らないのは良いことだよ!知らなくていいんだよ」
ヤスはクスクス笑って、チラッと時計を見た。
「愛希、時間。そろそろ寝て。」
「え?まだヒカルと…」
「…」
ヤスの表情が変わった瞬間、途中だったお皿を片付けて、ドタバタと洗面所へ走って行った。その姿を見送っていると、ヤスは静かに話し始めた。
「…僕は、精神科に入院していました。」
「「え?」」
「愛希みたいに、ヒカル君や晴天さん、そしてAltairのマネージャーさんみたいな存在は無くて…一人で苦しんでたんです。」
ニコニコと話す内容が重すぎて、やはり箸が進まない。
「顔…が、」
「「顔??」」
言葉を詰まらせたヤスに緊張が走る。
「僕、顔が醜くて、ずっといじめられてて。背が高くなったら今度は手のひら返して、ケンカの場に出されてた。」
「醜いなんて…そんな!」
「綺麗になったでしょ?ふふっ。傷害事件起こして、服役して、精神科に入院して、やっと今。」
「「え!!」」
頬杖をついて、懐かしそうに話す。廊下では愛希が聞き耳を立てていた。
「お酒を飲むと、抑え込んでいたものが全部出ちゃうんだ。優しい人でありたいのに。これは偽りの僕だから、本性は突然顔を出す。僕だって怖いよ。ずっと、周りのせいにして憎んできたその蓄積がね。」
今度は下を向いて自嘲した。この人も大きなものを抱えていた。だから、こうして僕らに手を差し出してくれるのだ。
「今の事務所社長が、昔、ひっそりと僕が送った音源の主をずっと探してくれて、病室に現れたんだ。驚いた。歌は好きだったけど、顔が醜いからみんな唾を吐いたのに。この人は、感動したと、やっと会えたと泣いてくれた。」
晴天の目から涙が落ちた。
ヒカルも目の前が歪む。
「顔を変えたい、と言ったら整形費用を全額出してくれた。情報も流さないで、守ってくれた。僕は社長みたいに誰かを救いたい」
次に顔をあげたときは綺麗な笑顔だった。
廊下から愛希が飛び出してきてヤスに抱きついた。嗚咽を漏らしながらぎゅうぎゅうとしがみついている。
「やだな。愛希、寝たんじゃないの?」
「っ、愛希、っ、ヤスさんに、助けられているよ?」
「そう。分かったから早く寝て」
「ヤダ!聞いてよ!」
「ダメだ!!」
怒鳴り声に驚いて、ヒカルは涙が引っ込んだ。愛希は怒鳴られ慣れてるのかそれでも抱きついたままだ。
「君は、鬱の手前だ。いいか、規則正しい生活が重要なんだ。1日でもリズムが狂うと明日が疲れる。疲れると、感情がおかしくなる。感情がおかしくなると、自分を傷つける!良いことなんかない!どうして分かってくれない!?どうして!!」
ヤスが叫ぶように言う言葉に、愛希はごめんなさい、と必死に謝っては寝室へ言った。
「愛希には、僕みたいになってほしくない。生き地獄そのもの。もう誰にも…」
そう言って落ち着いたのか、またニコニコしては食べて?と勧めてくる。
(もう、意味わかんない。)
処理が追いつかなくて、ひたすら黙った。ヤスの許可をもらって愛希の寝室に行くと、スヤスヤと眠っていた。
(愛希。愛希は変われるよ絶対)
頭を撫でると、愛希の目から涙が溢れた。悲しい夢なのかもと手を握る。
「ごめん…なさい…」
誰に、何に対してなのか、寝ていても謝り続ける愛希に胸が痛んだ。
ヒカルはこの日も食べないまま1日を終えた。
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