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第25話

愛希:明日、ヤスさんの家を出ようと思う。いろいろありがとう。  仕事が終わってケータイを開いてメッセージを見たヒカルは驚いて愛希に電話をかけた。コール音だけが流れて、音声アナウンスに変わった。  (お仕事中、かな?)  愛希の仕事を想像しては少し胸が痛んだ。 珍しく、今日はヤスからのメッセージがない。何かあったのか、それとも2人が忙しいのか。後者であってほしいと願い、この日は2人と連絡が付かなかった。  ヴー ヴー  バイブ音に目を覚ましたヒカルは、目が開かないままケータイを手に取った。  「もしもし…」  『ヒカル君!ごめん!愛希がいなくなった!帰ってこないんだ!!』  「…?…え?」  寝起きで入ってこない音をしっかりと聞く。声の主はヤスだった。ひどく取り乱している様子に目が覚めた。  『ごめんなさい!僕がついていたのに!』  「落ち着いてください。愛希は、明日…あぁ、日付けが変わってるから今日ですね。ヤスさんの家を出ますと連絡ありました。」  『へ…?』  「その後から連絡はとれていませんが…」  無言になったヤスに、ヒカルは何度も呼びかけたが返事がない。かわりに、鼻水を啜るような音と、声を押し殺した音。  「ヤスさん」  『いつも、っ、っ、失ってから、っっ』  泣き声だと気付いたときには、ヒカルは嬉しくなった。ヤスの中で愛希の存在が変わったのだ。  『愛希に、ずっと、そばに、いたいと、言われたんだけど、その時は、分からなかった』  (愛希…ヤスさんを好きになってたんだね)  左耳に意識を集中させて、静かにヤスの話を聞く。  『でも、僕は、ヒカル君がいい…、そう言ったら代わりでもいいと言ってきたんだ…』  愛希らしい積極的な告白に苦笑いした。変わっていないところもあって嬉しかった。  『僕となら、安心できるって、言ってくれたんだ、でも、僕は、こたえなかった、愛希の一生懸命な気持ちを、僕は、向き合おうとも思わなかった。』 預けてから数ヶ月。毎日一緒にいた2人。仲が悪そうで、面倒見がいいヤスと、素直な愛希。甘えん坊な愛希がヤスに靡くのは想像できたが、予想以上に早く、そして、積極的にヤスを求めたのだろう。  『愛希が寂しくて、たまたま近くにいる僕を思ってくれることは、あり得ることだと思う。…だからって、頭で考えて、向き合わなかったから…いつもみたいに、寝室にいると思ったら、いなくて、それに、こんなにも耐えられないなんて!!』  ついに感情が爆発したヤスは嗚咽しか聞こえなくなった。  「ヤスさん、愛希のこと、これまでのように大事にしてくれますか?」  『とても、大事なんだ、っ、心配で、たまらないっ、何かあったんじゃないかって、僕の見える範囲にいないと、不安で、』  「愛希を探します」  電話を切ると、愛希からのメッセージが来ていた。  ヤスに振られたこと、優しい人へすぐ恋をしてしまう自分への嫌悪感。また居場所を自分で去らないといけない状況を作った自分への呆れと諦め。自分を傷つける言葉ばかりが並んですぐに電話をかけた。  『っ、っ、ヒカル』  「愛希、今どこ?」  『海にいる。もう沈みたいから。』  「こんな寒い日に!風邪ひくでしょ!」  『いい。風邪でもなんでも。愛希もう疲れた。全部空回りして、自分で壊してさ…。だからもう、本当に壊れたい。』  波の打つ音がして、冷や汗が出た。少し手が震えて、刺激しないように話を聞く。  『バカみたいに惚れやすくて嫌になる。誰でもいいって思われても仕方ないよね。…早くヤスさんが欲しかった。仕事で反応しないのに、ヤスさんがいるだけで我慢できなくなってた。恥ずかしくて、情けないよ。』  自分でクスクス笑い、まるで遺書のように言葉を紡いでいく。  『ヒカルみたいに真面目で、才能があったらヤスさんに見てもらえたかな?こんな汚い愛希じゃなきゃ。誰にでも足を開く愛希じゃなきゃ、見てもらって、触ってもらえたかな』  愛希からはたくさんの後悔が溢れ出す。聞いていられなくて、電話をしながらヤスにメッセージを打つ。  ヒカル:星の森公園の海岸。そこに愛希はいます。愛希を迎えにいけるのは、愛希が迎えにきてほしいのは、ヤスさんだけです。お願いできますか?  ヤス:ありがとう  ヒカルはほっとして、電話を繋いでおくことに集中した。愛希の懺悔を聞きながら、ゆっくり深呼吸をした。  (大丈夫。2人なら超えられるはず。)  『愛希はブサイクだし、歌も下手だし、ダンスもできないし…』  Altairの時には一切言わなかったことが飛び出す。  『音だって、全然分からなかった。カウントもリズムも。ヒカルがカバーしてくれるのに甘えてさ。でもヒカルが愛希を認めてくれてたから調子に乗ってた。ごめんね』  「愛希は可愛いよ。愛希の笑顔になんど癒されたか。わがままだって個性だよ。甘えん坊が愛希なんだから。」  『あはは!うん…そう。個性だと思って勘違いしてたんだ。許されると。バカだね愛希は。そんなの、若い時だけじゃん。』  急に声のトーンが落ちて、ヒヤリとした。ヤスはまだか、と焦った。  『お金…足りたかな』  「お金?」  『うん。お世話になったから。聞いてよ、今日頑張ったんだよ〜?3本も撮ってきた。もうどこが痛いのか分かんない。でも、現金で前借りしてたから…。』  「ヤスさんに渡したの?」  『渡してない。寝室に置いてきた。お世話になりましたって封筒に書いて。足りなかったらどうしよう。』  違約金よりも先に支払ったのは、愛希なりの覚悟なのだろう。そして、ヤスはきっとそれを見てパニックになった。  『あーあ。ごめんね、ヒカル。せっかく居場所作ってくれたのに。』  「愛希、居場所はあるよ」  『ないよ。愛希が壊したの』  「あるってば。お迎えが来るから」  『ヒカル、向かってるの?』  「バイクなら話できないでしょ?」  しばらくして、愛希の電話口に声がした。ヒカルはふふっと笑った。  『え…?うそ、なんで』  「ほら。来たでしょ?愛希、知らないよー?門限破ってさ。ここまで来させたんだからお仕置きだね?」  『だって、愛希はもう…。ーー。ヒカル君!間に合った!間に合ったよ!』  愛希の電話口から嬉しそうな声がしてクスクス笑う。  『ヒカル君、愛希は僕に任せて。一生そばにいて、幸せにするから!』  愛希の驚く声も聞こえて、笑いながら涙が溢れた。  (良かった、良かった!!)  『こんな綺麗なら星空の下で、愛を誓えるなんて…僕はなんて幸せなんだろう』  泣きすぎて何も返せない。  『君たちみたいだ。この空は。Altair。星の名前。ヒカル君が輝くことで全部輝く。』  『僕たちを繋いでくれた。ありがとう』  そう言って切れた電話。  2人は愛を確かめあっているだろう。  ヒカルは嬉しくなって、晴天に電話をかけた。  眠そうな声に笑って、会いたいとだけ伝えて、バイクの鍵とヘルメットを持った。 

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