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Hakoniwa 28
何か食べて帰るかと考えながら駅へと歩き始めた時、スマートフォンに着信が入り足を止めた。着信表示を見てギョッとする。
『最愛の恋人 柚』
「……なんだこれは」
三上は眉間にしわを寄せ、はあとため息をひとつ吐いた。こんな登録をした覚えはない。あいつはいつのまに、こんな置き土産を細工していったのか。悪戯気に笑う当人の顔が浮かぶ。
頭痛をおぼえながらも、五コール鳴ったところで渋々通話ボタンを押した。
「……はい」
『泰生〜! 元気にしてる?』
軽快な口調は相変わらずだ。
「お前な……いつのまにヒトのスマホ弄ったんだ?」
『えっやだなに、今頃気付いたの? 嘘みたい、別れて半年も経ってるのに』
「付き合ってた頃だって電話のやりとりなんて殆どしてなかっただろ。かかってこなきゃわかるかこんなもん」
別れた後に連絡をとることは一切無かった。久々の会話がこれとは我ながら呆れる。
「あとで削除するからいい。で、何の用だ」
『わ〜そんなバッサリ! なんだよ〜用事がなきゃ電話しちゃいけないの?』
電話の相手は、別れた事実さえなかったかのように、昔と変わらずマイペースな調子で語りかけてくる。この男はこういう男だとわかってはいたけれど、久々に声を聴いて拍子抜けをした。最後の日の事は、今思い出しても胸が痛くなる出来事だったというのに。
「別れた男と用もないのに話す必要なんてないだろ」
電話の向こうからは、カラカラと笑い声が聞こえてくる。
『相変わらず愛想ないなあ、ほんとよくそれで営業できてるよね』
「用がないなら切るぞ」
『待った待った、用件あるから! 俺の印鑑、泰生のところに置きっぱなしじゃない?』
「印鑑? 見てないぞ」
柚の持ち物は別れた時に本人が捨てるか持って出て行ったし、その後目につくものは特になかった。
『俺が使ってた引出し、整理した?』
そんな場所があった事も知らないと答えると、多分そこに置き忘れたからマンションまで取りに行くと言う。
その瞬間、三上の脳裏に宮部の姿がよぎった。
「今は出先だから、帰ったら調べて連絡する。あれば郵送で送るから」
『えーだってもうそっち向かっちゃってるもん、すぐ必要なんだよ』
三上は耳元からスマートフォンを外し、眉間にしわをよせた。この男は昔からこうだ。自由気ままで、他人の都合はおかまいなし。清々しい程にマイペースで、三上からすればある意味羨ましい生き方だ。
『マンションに行っちゃまずい事でもあるの? 新しい男と住んでるとか?』
冷やかすように言われてそんなものはいないと言い返した後、今夜は宮部の帰りが遅い事を思い出した。
「わかった、すぐ来い。そしてすぐ帰れ」
はあいという声の途中で通話を切り、三上は駅の改札へと足早に向かった。
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