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Hakoniwa 29
◇◇◇◇◇
「なあんだ、半年前と何にも変わってないね」
部屋をぐるりと見回し、柚は口角を引き上げて微笑んだ。
「泰生は少し太った?」
百八十近い三上よりも少しだけ背の低い柚が、三上の顔を覗き込む。近くで見ると、相変わらず綺麗な男だと、素直に思った。
「いいから早く印鑑を探せ。引き出しってどれの事だ」
はぁいと間延びした返事をしながら、柚はキッチンへ向かった。
「泰生は本当に俺に無関心だったんだなあ。俺専用の引き出しにも気付いてなかったなんて」
十年も付き合った相手に無関心だったと嘆かれると少々落ち込む。自分はやはり人間として欠陥があるのかもしれない。
食器棚の一番上の引き出しをあけ、なにやらごそごそと捜し始めている柚の後姿を眺めながら、柚と過ごした十年を振り返ってみれば、なにをするにも柚主体、柚に任せきりだったなと思い出す。
柚は都会育ちで歳も上で、出会い頭から三上をぐいぐいと引っ張ってくれた。それでいて、なにかあれば三上を立ててくれる、よく出来た男だった。
どこへ行っても注目を浴びる程の美しい容姿も加わり、そんな魅力的な男がよくぞ十年もの間、無愛想で優しさもなく無精者で記念日も忘れるような自分と一緒にいてくれたものだ。そこまで考えて、改めて申し訳なさでいっぱいになる。
「ていうかここ、まったく触ってなかったでしょ」
呆れたように笑われ、そうかもしれないと答えた。そもそもキッチン自体、自分ではろくに使っていないのだ。
あった、と振り返った柚の手には、確かに印鑑があった。
「そんな大切なもの、半年間も放置するなよ」
「んー、使う機会なくて気付かなかったんだよ。ところで一応客人なんだし、お茶の一杯位、煎れて欲しいな」
当たり前のようにリビングのソファへ腰をおろし、テーブルの上の経済新聞を手に取り広げた。
「はは、泰生ったらいまだに新聞とってるの。なかなかいないよほんと」
うわ~全然面白くない新聞、と好き勝手呟いてテーブルに戻している。
「うるさい、電子版も読んでる。でもじっくり目を通すなら紙面なんだよ」
反論した三上に対して、そうなんだ~とどうでもよさそうにあしらい、それより早く珈琲ちょうだいとせがまれた。この男だけは本当に、本当に、変わらない。
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