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花見酒 1
三月最終の金曜日。
数字報告の資料作成を終え、目頭を押さえながらPCに表示された時刻を見れば、二十一時を回っている。
まだ居残っている連中に声をかけて退社し、コートを羽織りながらフロアを出たところで管理部の本木と遭遇した。
「お、三上は上がりか。お疲れ」
「お疲れ。管理部はまだ仕事か」
「まあ年度末だから流石にな。肩と首がガチガチだよ」
大柄な本木は肩を左手で押さえながら、首を左右に動かしバキバキと音を鳴らした。そんなに鳴らしてこいつの首は大丈夫なんだろうか。
「宮部もまだ仕事中か?」
「いや、あいつは一時間前くらいには帰したよ」
じゃあもう帰宅してる頃だなと安心し、エレベーターへ向かおうとした三上を、本木が呼び止める。
「そういや三上、宮部はまだお前のところに世話になりそうか?」
足を止めて振り返ると、本木は頭を搔きながら太い眉を下げて、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「……まあ、まだ居ると思うけど。何か仕事に不都合でもあったか?」
「いや、それはないけどな。本来なら直属の先輩である俺が色々と面倒を見てやるべきなのに、偶然居合わせたからといってお前に任せっきりにしているのも申し訳ないと思ってな」
本木の言葉に、そういうことかと安堵の息が漏れる。
「そんなもの気にするな。そもそも宮部の件は空いてる部屋を貸しているだけで、面倒を見ているわけじゃない。あいつはなんでも自分でやってるし、家賃相当の支払いもしている」
主に身体で、という言葉は心の中にしまっておく。
「そうか、まあ宮部は見た目と反してしっかりした奴だからな。じゃあ、まあ宜しく頼む」
安心した表情の本木と別れ、エレベーターに乗り込んでからスマートホンを取り出した。
これから帰ると宮部へラインを送るとすぐ既読になり、了解しましたと返信がきた。
ポケットへ戻そうとしたところで再びラインに着信が入り、開けば再びの宮部から。
『最寄り駅を降りた時にまた連絡ください』
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