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花見酒 2

 刻んでくるなと不思議に思いつつ、了解と返信する。職場から自宅までは四十分弱。十時前には帰宅出来そうだなとひとりごちる。明日は休みだし、今夜はゆっくり酒を飲もうなどと考えていたら腹が減ってきた。早く帰って飯と宮部を食べなければ。  いつもの様に角を曲がり自宅マンションが見えたところで、おや、と瞬きを二度繰り返した。  もう一度目をこらしてマンションをみても、やはり変わらない。  五階の角部屋、自室に明かりがついていない。 (買い物にでも出たのか? この時間に……)  わずかに不安を感じ、自然と足取りが速まる。  宮部は三上が部屋の明かりを楽しみにしている事を知っている。酔った時にうっかり口にしてしまって、あれは流石に恥ずかしかった。宮部は顔を真っ赤にして嬉しそうにしていたけれども。  そんな事があったから、宮部は自分が帰宅している時は必ずリビングの明かりをつけて三上の帰りを待つようになった。  明かりがついていないという事は、宮部は居ないという事だ。  わずかな不安はマンション前で解消された。玄関前で、こちらに向かって手を振っている宮部の姿が目に入り、ほっと息をつく。 「三上さんお疲れ様です、おかえりなさい」  コートを着込んでいる宮部の頭の先から足の先までくまなく眺めたあと、どこかへ行ってたのかと問いかけると、これからです、と返された。 「今から? どこへ」 「マンションの裏の公園です。帰りに見に行ったら、桜が一気に咲き始めていたので」  少しだけでいいので行きましょうと三上の右手を引く。三上は口元を緩めて微笑み、宮部の行動に従った。 (桜か……)  桜が咲いたら花見が出来るなと、以前話した事を思い出す。  仕事に追われて桜の咲く時期など頭になかった。出先のどこかで桜を見たような気もするけれど、気にとめる暇もなかった。  三上は余裕のない自分の行動を恥ずかしく思いながら、宮部の横顔をのぞき見た。  宮部はきっと、桜が咲くのをずっと待っていたんだろう。  帰り道に桜の開花を確認するほどに、ふたりで見る時を楽しみにしていたんだなと思ったら、抱きしめたくてたまらなくなった。  とても歯がゆい。

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