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身悶えるほどに甘やかしたい<前編> 4

「スタートからテンションが高いな」  三上さんも鶏めしをあけたので、お茶とビールで乾杯をした。窓の外はまだビル街が見える。でもきっとあっという間に景色は変わる。 「そりゃあだって、僕、旅行自体初めてで、それにこうして三上さんと並んで、旅の車内で駅弁を広げるなんて嬉しくって、楽しくて……幸せすぎて、幸せが口から零れ落ちそうな位です」  へへと笑って三上さんを見ると、驚いた表情で固まっていた。 「? どうしたんですか、固まってますよ?」  覗きこむように見つめると、初めてなのかと呟くから、そういえば言ってなかったっけと思い返す。 「はい、家族旅行もした事なかったし、学生時代も友達と旅行とかした事なかったし……今日は僕の人生初の旅行です」  しかも、大好きな三上さんと!  嬉しくて頬が緩む。わっぱ飯もお茶も美味しい。こんなに幸せで、あとからドンと不幸が押し寄せてくるんじゃないかと一瞬不安になった時、くしゃりと髪を撫でられた。次の瞬間、頬に柔らかな感触。三上さんの唇が触れた。 「み、み、み、三上さん」 「誰も見てない」  いやいやわかりませんよ!  動揺して口をパクパクさせていると、そんな僕を見つめて三上さんは柔らかく微笑んだ。 「これからもっと幸せになる。覚悟して楽しめ」  三上さんの笑顔を見つめながら、僕は鼻血を出してやしないかと気になって、そっと鼻下をこすった。 ◇◇◇  七十五分の貴重な列車旅時間は、あっという間に終わってしまった。  というのも、お弁当を食べ終えてものの数分で寝落ちてしまったのだ。昨夜しっかりと睡眠をとらなかった自分を悔やんでも遅い。  三上さんに起こされた時には箱根湯本駅に到着する直前で、更によだれまで垂らしていて、先程までのウキウキな気分が掻き消される程度に落ち込んだ。  三上さんはというと仕事のメール対応に追われていたらしく、僕が静かで逆に良かったなどと言っている。それもまた少し悲しい。  それにもしかしたら、本当は休日出勤も要するくらい多忙な時期なのかもしれない。そんな中に旅行へ連れてきてもらってしまって、申し訳ない気持ちになってきた。

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