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身悶えるほどに甘やかしたい<前編> 10

 唇が離れ、消えかかる程の声で「結音」と囁かれた。はやく、と再びせかされる。 「た、たいせい……さん」  ぎりぎりの声を搾り出し、首まで熱くなる。  三上さんに両頬を包まれ、顔を下げる事が出来ない。 「もう一度言って」 「……泰生、さん」 「もう一回」 「泰生、さん……」  これ以上ないくらい顔が熱くなって、瞳の奥も熱くなった。目の前が潤んで、三上さんの顔がぼやける。 「どうした結音、なんで泣く。名前で呼ぶのが嫌なのか」 「ち、ちが……」  違います、違います。そうじゃなくて。 「どうした。お前が泣くのは本当に困る。ちゃんと理由を言え」 「ず、ずっと……」 「うん?」  羨ましかったんです。三上さんを「泰生」と呼ぶ、昔の恋人のあの人の事が。 「いつか呼べたらって、思ってたから」  ずびびと鼻水をすすりながら辛うじて言葉にすると、背中と後頭部を優しく撫でられた。口にしたら涙がほろりと溢れて、真っ白なシーツに落ちて染みた。

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