75 / 110

三上さんの前世について考えた日 2

 少し歩き始めてすぐに、プールサイドに立っている先程のインストラクターさんから声をかけられた。 「手足を大きく動かすと良いですよー、こんな感じで!」  手足を大きく振って、のっしのっしと歩く姿を見せてくれるので、僕はお礼を言ってから真似をして歩いてみた。急に負荷がかかって、前に進む速度が遅くなる。 「そうそう、いい感じです!」  グッと親指を立てられて、思わず笑ってしまった。人懐こいインストラクターさんだ。接客業のかたはこれが通常かと妙に納得しながら、黙々と歩き始める。  二十五メートル歩ききり、折り返すタイミングで対岸の上級者コースへ視線を向けると、三上さんの泳ぐ姿が見えた。水しぶきも殆ど上がらず、軽やかに泳いでいる。あの美しい泳ぎっぷり、前世はイルカだったのかもしれない。人魚という種族が存在するのなら、人魚だった可能性もある。三上さんが人魚。素敵すぎる。 「次はこんな感じで腕を振ってみませんか」  プールサイドからインストラクターさんの声が聞こえて来た。先程と同様に、ジェスチャーで教えてくれる。利用者が少ないからだろうか、まるで個人指導をいただいている気分だ。ハイと返事をして、言われた通りに腕を大きく横に振りながらウォーキングを開始した。歩き方を少し変えるだけで、変化が分かるのがなかなか面白い。  その後もちょいちょいと指導を受けながらウォーキングを続けて、数ターン繰り返したところで壁時計を確認すると、午後二時半になろうとしていた。ひとりで一時間以上も歩いていたのかと気付いた途端、一気に疲れが押し寄せて、プールサイドへ上がる事にした。  梯子を上りきったところで、自分の身体の重さにびっくりする。 (ええぇ、すごく重い……なんだこれ……)  ヨタヨタと壁際へ移動すると、先程のインストラクターさんが手を振りながら近づいて来た。 「お疲れ様です、頑張りましたね」 「ご指導ありがとうございました、とても勉強になりました」  改めてお礼を言うと、彼は胸に下げたネームプレートを僕に見えるように掲げた。 「私はインストラクターの天野と言います。水泳教室のプログラムは色々あって、浮く事から始める初心者教室もやってますので、良かったら今度参加してみてください」

ともだちにシェアしよう!