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三上さんの前世について考えた日 2
少し歩き始めてすぐに、プールサイドに立っている先程のインストラクターさんから声をかけられた。
「手足を大きく動かすと良いですよー、こんな感じで!」
手足を大きく振って、のっしのっしと歩く姿を見せてくれるので、僕はお礼を言ってから真似をして歩いてみた。急に負荷がかかって、前に進む速度が遅くなる。
「そうそう、いい感じです!」
グッと親指を立てられて、思わず笑ってしまった。人懐こいインストラクターさんだ。接客業のかたはこれが通常かと妙に納得しながら、黙々と歩き始める。
二十五メートル歩ききり、折り返すタイミングで対岸の上級者コースへ視線を向けると、三上さんの泳ぐ姿が見えた。水しぶきも殆ど上がらず、軽やかに泳いでいる。あの美しい泳ぎっぷり、前世はイルカだったのかもしれない。人魚という種族が存在するのなら、人魚だった可能性もある。三上さんが人魚。素敵すぎる。
「次はこんな感じで腕を振ってみませんか」
プールサイドからインストラクターさんの声が聞こえて来た。先程と同様に、ジェスチャーで教えてくれる。利用者が少ないからだろうか、まるで個人指導をいただいている気分だ。ハイと返事をして、言われた通りに腕を大きく横に振りながらウォーキングを開始した。歩き方を少し変えるだけで、変化が分かるのがなかなか面白い。
その後もちょいちょいと指導を受けながらウォーキングを続けて、数ターン繰り返したところで壁時計を確認すると、午後二時半になろうとしていた。ひとりで一時間以上も歩いていたのかと気付いた途端、一気に疲れが押し寄せて、プールサイドへ上がる事にした。
梯子を上りきったところで、自分の身体の重さにびっくりする。
(ええぇ、すごく重い……なんだこれ……)
ヨタヨタと壁際へ移動すると、先程のインストラクターさんが手を振りながら近づいて来た。
「お疲れ様です、頑張りましたね」
「ご指導ありがとうございました、とても勉強になりました」
改めてお礼を言うと、彼は胸に下げたネームプレートを僕に見えるように掲げた。
「私はインストラクターの天野と言います。水泳教室のプログラムは色々あって、浮く事から始める初心者教室もやってますので、良かったら今度参加してみてください」
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