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身悶えるほどに甘やかしたい<前編> 12
◇◇
キッチンカウンターを覗くと飲み物は色々と常備されていて、お湯もポットに入っている。ドリップ珈琲パックをカップにセットしてお湯を注ぐと、珈琲の芳ばしい香りが部屋に広がった。
三上さんは先程まで仕事関係の電話をしていたけれど終わったようで、今はテラスから外の景色を眺めている。
僕もテラスへ降り、テーブルに珈琲カップを置いた。気づいた三上さんが振り返り、二人で椅子に座って景色を眺めた。
「涼しいですね。商店街は暑かったのに」
「日差しが遮られているし、すぐそばを川が流れているからな」
ほのかに頬を撫でる風も心地良い。川のせせらぎと、時々聴こえる鳥やセミの鳴き声。自然の音しか聴こえない。
そういえば三上さんが、この宿はお子様の宿泊はNGなのだと言っていた。そういう宿がある事を知らなかったので驚いた。この静けさはそこが大きいのかもしれない。
テラスの左奥には、夫婦でのんびりと入れる位の大きさの岩風呂が置かれ、洗い場も設置されている。テラスの周りは木々に覆われていて、誰かに見られるような事はなさそうだ。
ちなみに室内にも広い脱衣所とバスルームは設置されている。豪華すぎる。
「露天風呂に入るか」
三上さんに声をかけられ、そうですねと返す。
「三上さん、お先にどうぞ。ゆっくりしてください」
言い終えて珈琲カップを片付けようと立ち上がりかけた時に「結音」と名前を呼ばれた。目で見てわかる程のしかめっ面をしている。
「呼び方もおかしいし、なんで別々に入ろうとしてるんだ」
はっ。ナチュラルに三上さんに戻っていた。改めて呼び名を変えるというのは本当に難しい。そもそも「三上係長」から「三上さん」へシフトチェンジした時だってもたついたのに、ファーストネームとなると一気にハードルが……。
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ。露天風呂は二人で入るんだ。ここまで来て一番風呂がどうのとか言うなよ? まったくお前は……」
「わ、わかりました!」
三上さんの縦皺がこれ以上深く刻まれる前にと、慌てて準備に取りかかった。
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