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身悶えるほどに甘やかしたい<前編> 13

◇◇◇  陽に色がつき始め、ひぐらしの鳴き声が聞こえてくる。  僕は岩風呂の縁に両腕を置き、その上に顎を乗せて、温泉に浸かりながら緑の景色を眺めた。 「はああ、気持ちが良いですねぇ、三上さん……じゃなくて、泰生さん」  三上さんは僕と反対側の縁に背中を預け、片腕を湯の外に出してくつろいでいる。言い直した僕が可笑しかったのか、喉で小さく笑った。  三上さんの程よく引き締まった上半身が陽の前に晒されて、改めてキュンとなる。それに比べて自分の貧弱な身体が恥ずかしい。ちなみに、この体型から予想を裏切らない運動音痴でもある。 「三上さんは、何かスポーツをやってたんですか?……泰生さん」 「スポーツか。高校まで水泳をやっていたけど、大学時代はバイトに明け暮れていたし、社会人になってからはジムに通う程度だな。お前は……」  僕の上半身に向けられる三上さんの視線が痛い。 「僕は生まれた時に運動神経を母親のお腹に置いてきてしまったので、運動という運動はした事ないです」  なんだそれはと言って笑いながら、今度一緒にジムへ行くかと誘われた。運動に興味はないけれど、三上さんが汗を流している姿は見たい。泳いでいる三上さんかぁ、見てみたい……。  そうこうしているうちに、眼鏡が曇ってきた。眼鏡を外すと視力は0.1以下だ。世界も三上さんもぼやけてしまうのが残念だけれど、渋々眼鏡を外した。 「運動といえば、眼鏡が曇るのも嫌だったんですよね。でも外すと何も見えないし……いい加減、コンタクトに変えようかなあと考えているところなんですけど」 「変えなくていい」  喰い気味に返答されて驚いた。そんなに食いつく話題かな今の。 「うーんでも、三上さんと一緒に居るときに、視界がぼやけるのがもったいないというか、残念だなあと思っていて……」 「お前は眼鏡が似合ってる。眼鏡がいい。眼鏡でいろ」  被せる様な物言いに喉がひゅっとなった。なんだなんだ?三上さんて実は物凄い眼鏡フェチなのか……?僕を気に入ってくれたのも、眼鏡によるところが大きかったのだろうか?それはそれでなんだか解せない。だっておせじでも僕の眼鏡姿が魅力的だとは言えない。瓶底眼鏡だし。

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