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いつまでたっても慣れない案件 1
九月。
決算月ともなると職場全体が忙しなく時間に追われる。特に三上が所属する営業部は群を抜いて皆忙殺されていて、係長の三上も当然の如く、深夜近くの帰宅が続いている。管理部の宮部も毎日残業続きではあるけれど、三上より帰宅が遅くなる事はない。
金曜日の今日も遅い帰宅だろうと思い込み、帰宅後先にシャワーを浴びてから夕食の準備に取りかかる事にした。
バスルームを出てリビングへ戻り、スマホを手に取ると三上からライン通知が来ている。開けば二十一時には着くと書いてあり、宮部は慌てた。時刻を確認すれば二十時半を回っている。
「大変だ、夕食の支度」
ハンバーグを焼き始めたところで玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。ああ、やっぱり夕食の準備をしてからシャワーを浴びるべきだったと心の中で後悔しながらも手を動かす。
ガチャリとリビングの扉が開き、入ってきたのは家主の三上。宮部は対面キッチンのカウンター越しから、お帰りなさいと顔を覗かせた。
料理をしながらもリビングを見渡せる対面型キッチンは、こういう時にとても便利だ。
キッチンに立つ宮部の姿を目に止めた三上は、上着を脱ぐよりも先に宮部の方へと向かう。ハンバーグを裏返し、フライパンに蓋をしたところで背後から三上に抱きしめられた。
三上さんに油が跳ねたら大変だ。蓋をした後で良かったと、ホッと息をつく。
「三上さん、お帰りなさい。今日は早かったんですね」
「明日から急遽出張になったから、今夜は早目に切り上げてきた」
「えっ、土日で出張ですか」
「ああ、部長と同行で大阪。日曜日は遅くならずに帰って来れると思う」
少しの躊躇いもなく宮部の頬に唇を寄せる三上に、宮部は未だに慣れない。
今年の一月から居候の身となり、一か月後には恐れ多くも恋人となって八か月。初期に比べたら慣れた部分も有るとはいえ、相変わらず毎日がドキドキの連続で、三上にお願いされた呼び方すら変えられない。
ベッドの上では辛うじて名前で呼べるようになったけれども、日常会話ではつい「三上さん」と呼んでしまう。最近は三上も諦め半分、長い目で見る事にしてくれたようで、何も言わなくなった。
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