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いつまでたっても慣れない案件 6

 居候を始めた頃、自由に使って良いと言われたけれど、起きている間はほぼリビングに居るし、寝場所は三上のベッドにお邪魔しているし、そもそも自分は場所を取る程の物を所持していない。クローゼットのわずかなスペースを使わせて貰っているだけで十分事足りている。そんなだから空き部屋には着替えを取りに出入りする位だ。  家主に使われていない部屋。 (三上さんは何も言わないけれど)  恐らく「ユズさん」が使っていた部屋なのだろうと想像出来る。  あの部屋を使う事は何となく遠慮したい、というのが正直な気持ちだ。とはいえそれこそ長い時間二人で暮らしていたのだから、どこもかしこもその痕跡は残っているし、勿論ベッドだって二人で使っていたのだろうし、昔の恋人の面影にこだわるつもりは全く無いのだ。  無いのだけれど。  自分がこんなにウジウジしていて心の狭い人間だったなんて、今まで気付かなかった。 (いやまあ一般的にはウジウジしている方かもしれないけれども……)  ふとテレビに視線を戻すと、番組はニュースまとめから天気予報コーナーへと移り、気象予報士の羽田さんが笑顔で登場した。 (あ、羽田さんだ。今日も良い笑顔だなぁ)  宮部は気象予報士の羽田さんが好きで、一人暮らしをしている頃は羽田さんの天気予報を観る為に、朝はチャンネルを固定していた。四十代後半の中年男性で、物腰が柔らかく、笑顔に茶目っ気があってとても好感がもてるおじさんなのだ。羽田さんの笑顔を見ると、今日も一日頑張ろうと思えるから不思議だ。宮部にとって羽田さんは、ちょっと特別なおじさんなのである。  三上の家に居候する事になってからはテレビのチャンネルなど勿論自分から触る事はなく、三上が観ているものを観るようにしているのだけれど、朝観るニュース番組が自分が観ていたものと同じだと知った時、地味に物凄く嬉しかった。恐らく三上的には、単なる習慣で同じ番組をつけているだけなのだろうとは思うけれども。 『今日の関東は一日晴れでしょう、洗濯物はジャンジャン外干し出来ますよ〜』  羽田さんの声を聞きながら珈琲を飲み干し、よし洗濯物から片付けようと気合を入れて腰を上げた。

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