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いつまでたっても慣れない案件 7
◇◇
宮部は掃除が嫌いではない。むしろ好きだ。綺麗になるのは気持ちが良いし、なにより無心で集中できる。料理も同様で、余計な事を考えずに目の前の作業をこなすという行為が、宮部の中ではある意味癒しとなっている。考えに行き詰まった時などは、気分転換にも最適だ。
水回りの掃除を終え、コードレスのスティッククリーナーを手に、空き部屋へと足を踏み入れる。扉を開き、スンと鼻で息を吸えば、やはり今日も気付いてしまう。
この部屋だけは、違うにおいがする。それは決して嫌な臭いではなく、フレグランスの残り香のような、軽やかな香りだ。
家主が自分の家のにおいを感じないように、恐らく三上はこの部屋のにおいに気づいていないのだろう。微かな微かなにおい。他人の自分だからわかってしまうのかもしれない。
宮部はこの部屋のにおいが苦手だ。もういないはずの人の姿がまだここにあるようで、胸が苦しくなる。居候を始めてから何度となく掃除機をかけているけれど、かすかなにおいは消えることはなく、これはもう消えないのだと割り切るまでに数か月かかった。
この部屋が苦手な理由を三上に伝える気は全くないし、話題にした事もないけれど、それはどうしようもなく憂鬱なもので、宮部の心の中で拭いきれずにいた。
(でも……)
七月の誕生日の出来事を思い出す。
三上は「俺とお前の新しい家を探す」と言った。異論はあるかと宮部に問い掛けた。あの時宮部は本当に本当にびっくりして、びっくりして、息が止まりそうになったのだ。実際、一瞬止まったかもしれない。
三上がそんなことを考えていてくれたなんて思ってもみなかったから、このすぐ後に冗談だと言われるのではないかと考えて、三上の顔をじっと見つめて様子を伺ってみたけれど、三上の表情は真剣で、奥二重の涼しげな目で真っ直ぐに見つめ返されるものだから、じわじわと涙がこみ上げてきて、耐え切れずに下を向いてしまった。
三上の気持ちが嬉しくて嬉しくて、それと同じくらいに怖くなって、自分の身体が砂のように粉々になって消えてしまうんじゃないだろうかと思った瞬間、三上の両手に頬を包み込まれた。それから三上は優しいキスをくれた。
それはとても優しくて、溶ける程に温かくて、宮部は鼻水を垂らしてシクシクと泣いた。
もしこの先につらい未来が待っているとしても、こんなにも沢山の幸せを貰ったのだから、自分はきっとこの先も生きていけるとさえ思った。
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