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いつまでたっても慣れない案件 12

「長野かぁ、水も空気も美味しそう。こっちは本当に水道水が不味くて……宮部さん、びっくりしませんでした?」  大袈裟な表情で言う天野が可笑しくて、宮部はふふと笑いながら、初めて飲んだ時は正直驚きましたと素直に白状した。 「ですよね~。水はミネラルウォーターを購入するか、浄水器必須ですよ。私は東京の中野生まれの中野育ちです。南千住《ここ》に越して来たのは今のスタジオに異動してからなので、二年前かな。それまではずっと中野に住んでいました」  ディープな街って言われてますけど、ほんと面白いし住みやすい街なんですよと微笑みながら、天野は宮部の小皿に焼き上がったタンを乗せてくれた。礼を言って箸を手に取る。  パクリと一口で食べた天野を見てから、自分もパクリと口に入れた。もぐもぐと咀嚼を繰り返す宮部を見つめる天野は、期待を込めた表情で恐らく宮部の感想を待っている。 「、美味しい!」  飲み込んでから開口一番に声を上げると、天野は「でしょ!」と口角を引き上げた。   「ここのタン、厚みも程々だし美味いんですよねー。じゃ次はカルビとロース焼きますね〜」  予想通り、焼きは天野にお任せして良さそうだ。宮部は素直にお願いして、肉が焼けるのを待った。 「宮部さんは二十四歳かぁ、俺は今年で二十六なんで、二つ違いになるのかな」  他愛のない雑談を交わすうちに、気付けば天野の一人称は「私」から「俺」に変わっている。お酒を摂取しながら自分に打ち解けて来てくれたのかなと、宮部は嬉しく思った。  思えば社会人になってから、同期ともそれ程親しくなる機会もなく、休日まで一緒に出かけるような間柄の知り合いはいない。  それについて不満も不都合も無かったけれど、いまこうして歳の近い同性とプライベートで食事をしてみれば、これはこれで楽しいものだなと感じ、改めて誘ってくれた天野に心の中で感謝した。  とはいえお酒に飲まれては迷惑をかけるので、天野に自分の酒の弱さを告げて二杯目からは烏龍茶に切り替えた。  ビールが進んで陽気にくだけていく天野の会話に笑いながら、天野が焼いてくれた肉を口に運ぶ。  天野は焼肉が大好きだと豪語するだけあって、焼き方がとてもうまい。焼き加減は程よくジューシーで、自分で焼くより断然美味しい。 「ふふ」  正面から含み笑いが聞こえて視線をあげると、天野が自分を見て微笑んでいる。何かしてしまったかなと考えていると、ふいに天野が口を開いた。 「あ、すみません。三上さんが言ってた通りだなぁと思って」

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