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いつまでたっても慣れない案件 15
「はは、ありがとうございます」
「うーんあとはなんだろう、宮部さんが気に病むような……。あ、俺結構お兄ちゃんなんですよ~手のかかる弟が二人もいて……なので相談事とかそういうのあればもう、どんと来てください」
天野の「お兄ちゃん気質」に火を点けてしまったのか、目をキラキラと輝かせながら自信満々に身を乗り出す天野に驚きつつ、胸がホワンと温かくなった。
(お兄さんか……いいなあ)
一人っ子の宮部にとって、兄弟のいる家庭は憧れの対象だ。天野の明るい性格はきっと、賑やかな家庭環境で培われたものなのだろう。自分の人生にはない、未知の世界だ。
「ほんとに、大した事じゃないんです、ちょっと気になっただけで」
「うん?」
「天野さんと三上さんが二年前から知り合いってことは、ユズさんの事も知ってるんだろうなって……ふと思っただけで」
口に出してから途端に恥ずかしくなり、烏龍茶を飲んで誤魔化した。
昔の恋人を気にしているなんて、みっともない。それにあんなに世界が違う人の話を耳にしたところで、劣等感が増幅するだけだ。
「ユズさん? あ、凪さんの事か……ん? あれ、宮部さん、凪さんの事知ってるの?」
「凪さん……」
追加で届いたビールのジョッキに手を伸ばし、勢いよくゴクゴクと音をたてて喉へと流し込み、一息ついてから天野は口を開いた。
「凪良柚那《なぎらゆずな》さん、うちの会員さんだけど、あの人は平日しか来ないから……」
「あ、いえ、過去に二度程お顔を拝見した事がある程度なので、知り合いとかそんなんじゃなくて、ただ凄く綺麗な人だったので、記憶に残ったというか……」
新しい網の上にカルビを乗せながら、天野は「あー」と呟いた。
「綺麗な人ですよねぇ、わかりますわかります。ぶっちゃけ俺は一目惚れでしたし!」
「えっ」
「俺ずっと片思いしてるんですよあの人に。まあ全く相手にされてませんけど」
さらさらと流れていく言葉に早くもついていけなくなってきた。天野さん、顔色は全く変わらないけれど、もしかして少し酔っているのかもしれない。
「まあそれはおいといて、三上さんの恋人は宮部さんなんですから、元彼がどんなに素敵な人でも全然気にする必要はないですよ! 十年付き合ってたとはいえ、別れてもう一年以上経ってるし、そもそも別れた原因は凪さんが他に男作ってのお別れだったって話だし」
「じゅ、じゅうねん……」
ジュウウと肉の焼ける音とともに、消えかかる程度の声色で宮部はぽつりと呟いた。
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