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いつまでたっても慣れない案件 21
今のタイミングで言わない方が良かっただろうか、電話口で話すよりも三上が帰ってきた時に直接話をしたほうが良かったかもしれない。けれど、今言わなければ言わないで後々問題が起きそうな気もするし……と頭の中でぐるぐると考えあぐねた結果、ここは正直にありのままを伝えておこうと決めた。
「はい、水泳後にスパで天野さんとばったり会って、その流れでご飯に行こうって話になったんです。駅前の焼肉屋さんに連れて行って貰って、美味しかったです。楽しくて、うっかりこんな時間になっちゃって……三上さんから連絡を頂いていたのに、すみません。少しお酒も飲んじゃいました」
言い切り、三上の言葉を待つ。一呼吸置いた後、三上が口を開いた。それは少々心配そうな声色で、宮部に問い掛ける。
『酔ってはいないのか』
「そこまで飲んでません」
『……そうか。お前が楽しかったのなら、良かった』
三上の声のトーンがいつもの調子に戻り、宮部はほっと息を吐いた。素直に答えて正解だったようだ。
「三上さんはまだミーティングという名の飲み会に参加中ですか?」
『ああ、あの二人に付き合っていたら確実に深夜に突入する。そろそろ先に上がるつもりだ』
営業部長の姿を脳裏に思い起こす。よく通る声で部下に声をかけている姿を何度か目にした事がある。四十代後半から五十代前半だろうか、渋みのある男前で、明朗快活な上司といった印象だ。確かにお酒も強そうだなと想像し、それに付き合う三上も大変だろうと心の中で合掌する。
「大変ですね、お疲れ様です」
『まあでも明日は一件回るだけだし、大した事はない。部長が明日午後イチで戻ると言い出したから、午前中に大阪を出れると思う』
「そうなんですね、良かった。そうだ、食べたいものは思い付きましたか?」
休日返上して働いた三上の為に、三上が食べたいものを用意したいと、出かけ前に伝えた件を確認すると、少し間を置いて、あとで考えると返された。
『帰宅してお前の顔を見てから、考える』
「そうですか、出来れば買い物をしておこうかと思ってたんですけど」
『夕方一緒に買い物へ行けばいい』
さらりと返され、また明日連絡するという言葉を最後に通話は終了した。
(一緒に買い物、か)
いつもではないけれど、時々二人で近所のスーパーへ買い物へ行く事がある。徒歩数分の距離を歩き、食材を購入して帰るという一連の流れを、宮部は心の中で「お買い物デート」と称している。勿論そんな言葉を三上の前で口に出したことはないけれども。
「明日は、お買い物デートだ」
三上がいない事を良い事に、宮部はひとりごちてからニヤけ顔になり、その表情のまま水着一式を手にしてバスルームへと向かった。
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