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いつまでたっても慣れない案件 22
◇◇◇
シャワーを浴びて焼肉臭も綺麗に剥がれ落ち、ホカホカと温まった身体で寝室の扉を開けてすぐに、宮部は「あっ」と声をあげた。
ベッド脇に白いTシャツが落ちている。拾い上げれば案の定、三上が来ていた寝間着用のTシャツだ。脱いだ服は脱衣所の洗濯かごへ入れてくださいねとお願いしているのだけれど、三上は時々ベッドの上で脱いだまま忘れて放置する。共に生活してみて、三上は気にしないものに関しては案外雑な性格だと知った。こういうところもそのひとつで、完璧でない三上を発見する度に、宮部は嬉しくなる。
とはいえ洗濯物の放置はよろしくないので、次回目撃した時には一言いわなくては、と心に誓う。しめるところはしめなくてはいけない。
「昼間掃除機をかけた時には気付かなかったな……シーツを替えて掛け布団を直した時に出てきて落ちたのかな」
どうであれ、掃除の時に気付けなかったのは自分の失態だ。明日の朝に洗濯機を回そうとひとりごち、肌触りの良い三上の大きなシャツをそっと自分の頬に当てた。
(……三上さんのにおいがする)
正しくは三上の家の柔軟剤のにおいだけれども、このにおいとシャツの肌触りを直接肌で感じると、まるで三上がすぐ傍にいるような錯覚を抱《いだ》く。それはとても心地好くて、宮部はベッドの上にコロンと転がり、シャツに顔を埋めたまま、抱きしめるように身体を小さく丸めた。
スゥと息を吸い、フゥと息を吐く。安らぐにおい。
ふと、祖母と暮らした家のにおいを思い出す。古い小さな平屋の家だった。お線香のにおいと、古い家具、樟脳の香り、煮物のにおい。それらが入り混じった祖母の家のにおいは、帰宅するたびにホッと安らぐものだった。それは祖母のにおいと同義でもあり、宮部はあの小さな家のにおいが大好きだった。
あの頃と同じように、安らげるにおいがここにある。
(三上さんに、会いたいな……)
スンと鼻を鳴らし、三上のシャツのにおいを嗅いだ。ベッドからも三上のにおいを感じる。大好きなひと、大好きなにおい。ここには幸せしかない。自分ごときがこんなに沢山の幸せに囲まれてふわふわと夢心地でいるなんて、おそろしい事だ。
けれど身体はじわじわと熱を持ち、心はこの幸せに溺れていたくなる。
『日曜、帰ったらすぐに宮部とセックスする』
昨晩言われた言葉を唐突に思い出し、下半身が大きく疼いた。
(明日……一晩寝て、起きたら……三上さんに、また会える)
一度会いたいと思ってしまったらもう、会いたくて会いたくて堪らなくなり、身体の疼きは止まらない。宮部はそっと自分の下半身に右手を伸ばし、緩く立ち上がった自分自身にそっと触れた。
自分の身体に触れる三上の指先を思い出し、潤んだ瞳で自分を見下ろす三上の表情を脳裏に思い起こす。
「泰生……さん」
名前を口にすると、目尻を下げて微笑んでくれる。啄むようなキスをして、答えてくれる。そのすべてが幸せで、幸せ過ぎて、慣れないのに、もう手離せない。
目尻に涙が滲む。三上を想いながら宮部は自身の手の中で達し、白濁を放った。
(どうか誰も、あの人をどこにも連れて行かないで)
宮部は消え入る声で呟き、先の見えない未来に祈った。
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