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いつまでたっても慣れない案件 24

 真冬の夜、三上はベランダにでて手すりに寄りかかり、静かに煙草を吸っていた。煙草を吸わない自分を気にして外で吸っているのではないかと焦り、声をかけてみたけれど、もともと部屋の中では吸わないのだと返された。確かに部屋の中に煙草の臭いは染み付いておらず、三上がベランダへ出て煙草を吸う事は、彼にとって習慣なのだろうと解釈し、その後は触れずに、三上の後ろ姿をそっと眺めていた。  三上が禁煙を始めた事に気付いたのは三月の初めで、食後の一服が無いので具合でも悪いのだろうかと訊ねたところ、煙草はやめたと返された。元々煙草の臭いをスーツに残す人ではなかったし、ヘビースモーカーでは無かったけれど、営業部の男性社員で煙草を吸わない人は全体の一割にも満たないと聞いていたから、その中で三上が禁煙を始めたという事に少々驚いた。  禁煙の理由を訊ねてみたけれど、曖昧にされて結局はっきりとした回答は貰えなかった。当時は何か心境の変化でもあったのだろうかと少し気になったけれど、そのうち煙草を吸わない三上が通常と認識するようになり、現在に至る。 (そういえば、結局何が原因だったんだろ)  当時の事をふと思い出し、首を傾げて数秒考えてみたけれど、やっぱり未だにわからない。迷宮入りだ。  ちなみに宮部は生まれてこの方一度たりとも喫煙した事がないので、煙草の味もニコチン依存症の気持ちも全く知り得ない。  煙草を吸っている時の三上の表情は少し気怠げで、何とも言えない渋みがあって、それは自分の前では見せない表情だったから、あの顔を見れなくなった事は少し残念でもあった。少しだけ。 (煙草は身体に良くないって言うし、禁煙はきっと良い事だ)  手摺りにもたれて煙草を吸う三上の姿を懐かしく思いつつ、ベランダを後にした。

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