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いつまでたっても慣れない案件 25

 ベランダへ続く掃き出し窓を全開に開け放ったリビングは開放的で、ほのかな風がカーテンを揺らしている。宮部はそのすぐ脇の床にコロンと寝転び、ベランダ越しに見える青空を見上げた。白い雲をじっと見つめると、微かに動いている事がわかる。ひらひらと視界に映るレースのカーテンは軽やかで、背景の青空とよく似あっている。宮部はそれらを美しく思い眺め、贅沢な時間だなあとひとりごちた。  祖母の家には縁側があって、宮部はそこに寝転び空を眺めるのが好きだった。あんなにふわふわで美味しそうな綿菓子に見える雲が、近くへ行けば実は霧で、触《さわ》れるものではないのだと知った時には、子供心に何とも言えない衝撃が走った事を思い出し、ほんの少し笑った。  壁時計を見上げれば、午前十時。  今朝来た三上からの連絡では、新大阪発十一時台の列車に乗ると書いてあったから、帰宅は十五時前頃だろうと予想している。昼ご飯も一人だし、簡単なもので済ませよう。素麺が残っていた気がする、などと考えているうちに、うとりうとりと眠気に誘われ、床に寝転んだままスゥと眠りに落ちていった。 ◇◇◇◇  カラカラと扉を引く音が静かに聞こえる。  少し肌寒い。身体が冷えているなと思いながら瞼を上げ、パチパチと瞬きを二回繰り返した。先程と変わらずベランダ越しに青空が見える。けれど、開けていたはずの掃き出し窓がきちんと閉まっていて、頭上には影が差している。 「おはよう」  深みのあるバリトンボイスを耳にして、声のする方へぐるりと頭ごとまわして視線を向けると、窓に手をかけて立つ人影が目に入った。 「え、あれ?……み、三上さん!」  跳ね起きて壁時計を見上げれば時計の針は十三時五十分を指していた。昼時間を通り越して寝こけていた自分に驚き、予想よりも早い帰宅の三上にも驚く。  宮部が立ち上がるよりも先に三上は宮部と視線を合わせるようにしゃがみ込み、寝癖のついた宮部の髪をくしゃりとかき混ぜた。  宮部は反射的に正座の姿勢をとり、ドクドクと波打つ心臓を左手で押さえながら、帰りを心待ちにしていた主《あるじ》の顔を正面からしっかりと見つめた。

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