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第38話

ゆっくりとした足取りで鳥居の部屋を目指す。 鳥居は俺の兄貴のようなそんな存在だった。 まだ話すこともできない小さい赤ん坊の頃にこの組の前に捨てられていたのだとか。 その時俺はまだ生まれてなくて、親父は若頭として働いていた時から鳥居を拾って育てていた。 小さい頃から一緒にいるから鳥居も俺を弟みたいに思ってくれていて、だから俺の大切にしているものを傷つけたりすることはなかった。 「鳥居、入るぞ」 「············」 鳥居の部屋のドアにノックをしてそう伝えたけど、中からの返事はなくて、まあいいかとドアを開けると光が一切ない真っ暗な中、ベッドにもこっとした膨らみが1つ。 「おい」 「···早河さんに散々怒られたんで、反省してます。あとで本人にもちゃんと謝りに行きます、だから怒らないでください」 その膨らみをポン、と軽く叩けばそう言葉が返ってきて思わず溜め息を吐いた。 「なあ、ちゃんとした理由があったなら怒ったりしねえから、何であんな事をしたかを教えてくんねえか」 「···嫌です、どうせ俺の自己満足ですから!」 そういった鳥居に、じゃあテメェの自己満足で陽和にあんな事をしたのか。イラっとしてその膨らみを1度蹴る。 「俺は言ったぞ、ちゃんとした理由があったなら怒ったりしないって。つまりそれがなかったら俺は怒る」 「···ごめんなさい」 「その言葉は今は聞いてねえ。早く理由を話せ」 布団から顔を出した鳥居は起き上がりベッドに座って、まるで怒られた小さな子供のように眉を下げた。 「俺は、あの人のせいで、若が危険な目にあうのが嫌だったんです」 「何で陽和のせいで俺がそうなるんだ」 「あの人は、若の大切な人だから、例えばあの人が攫われたりしたら、若はなりふり構わずあの人を助けに行くでしょ。そうなったら最悪···こんなこと、言いたくないけど、若のせいで組が潰れるかもしれない」 その言葉に腹が立って殴りかかりそうになる。それを堪えて「あ?」と言えば強い目で俺を見て「だって!!」と大きな声で言い立ち上がって俺の胸ぐらを掴んだ。 「あの人の為ならどうせ、この組を捨ててもって考えてるんでしょ!?」 俺はきっと、この先にそういう危険な状態がやってきたらきっと、俺はそうしてしまうかもしれない。 鳥居の考えがもしかしたら現実になるかもしれないなんて思って、だから返す言葉がなかった。 「そんな事になるくらいなら、早くあの人に若の前から消えてもらう方がいいんです。俺は、若のことを大切に思ってます、でもそれ以上に···俺にとってたった1つの居場所をなくしたくないっ」 「···鳥居」 「あの人が若の隣にいたくて、若に迷惑をかけたくないって思ってるなら、俺なんかに怯えてちゃだめなんです···だからっ」 ついに鳥居は泣き出して、俺の胸ぐらから手を離す。 「そんな事、考えていてくれてたんだな」 鳥居の気持ちを知ると、自分の気持ちはもしかして間違えていたのかもしれないと思ってしまうけど、でも違う。 「けど、俺は陽和も、組も、何があっても守るつもりだ」 それは生半可な気持ちで言ってるわけじゃない。 その本気は鳥居に伝わったと思う。 涙を拭った鳥居は小さく笑って口を開く。 「二兎追うものは一兎も得ずって言葉、知らないんですか」 「知らねえよ、国語は苦手だ」 鳥居の中での蟠り(わだかまり)は無くなったわけじゃない。 そしてその蟠りは俺が消せるものでもない。 それはきっと、陽和が自分の力でどうにかするしかないのだろう。

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