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第121話

「ここでね、お願い事するんだよ!」 御賽銭の前で手を二回叩いた男の子がそう言った。 お願い事···。何度も人を傷つけている俺が、何かを願ったとしても、罰が当たるだけだよなぁと思いながら、真似をするように俺も手を合わせた。 「ハルは何をお願いしたの?」 「秘密。お願い事は口に出しちゃいけねえの」 「そうなの?」 不思議そうにする子供たちと、少しそこで遊んでから山を下る。それぞれを家に送り返した時にはもう空はオレンジ色をしていた。 「たーだいま」 「おかえり」 疲れて玄関に倒れ込んだ俺を「だらしねえなぁ」とケラケラ笑いながら昴さんが言う。 「子供と遊ぶの、大変だな」 「まあ、だから何も考えなくて済むだろ」 「あー···うん」 のそのそと起き上がって「風呂入りたい」と言えばすぐに用意してくれた昴さん。有難く風呂に入らせてもらい、上がった後にはリビングでビールを飲んだ。 「お前失恋したんだって?」 「まあ、うん」 「若いっていいな!」 昴さんがケラケラと笑って俺の背中を叩いた。 「若けりゃ、何回でもやり直せる。」 「そう思って行動してるから、何回も間違える」 「そうして大人になるんだよ」 「俺はもう、大人になったつもりだった」 痛いくらいにグリグリと頭を撫でられる。 その手を払って「早く親父みたいになりたい」と言えば「それは無理だな」とあっさり夢を否定された。 「兄貴とお前の生き方は全く違う。」 「············」 「兄貴に成りたいなんて思った奴は、皆途中でおかしくなる。兄貴みたいに成ろうとするのには、才能が必要なんだよ」 「昴さんはそう思わないのか?」 「成りたいとは思う。でもそんなこと無理だってわかっているから、目指しはしない」 「···難しい」 煙草を取り出して口に咥えると「やめとけ」とそれを取り上げられる。 「もう飯にするしな」 「ああ、そっか」 昴さんが飯を用意してくれて、その中には茄子があった。 「庭のやつ?」 「ああ」 美味そうですぐに「いただきます」と両手を合わせ、茄子を食べた。 「うめぇ!」 「だろ」 そうして始まった昴さんとの生活。 いつまで続くのかはわからないけれど、こうやって過ごしている間は素のまま楽に居ることができた。

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