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第182話

「大切なやつとか、好きなやつとか、それういう人がそばに居るだけでも生きる意味になるんだよ」 「···弟と、その恋人の部下になれって?」 「別に、部下にならなくてもいい。あんたが望むなら、この世界から足を洗えばいい」 「···俺にはもう他に出来ることなんて無い。だからこの世界にいるんだ。足を洗ったとしても、今度こそ俺はあいつらを殺すかもしれない」 お兄ちゃんは地面に崩れるように座った。 また煙草を吸ってケラケラと笑う。 「なあ、お前はさ、自分が吐いたもの、全部舐めろって言われたことあるか?」 「················」 「トイレに顔突っ込まれたことは?風呂に入れって言われて水に浸からされたことは?面白いからって、爪剥がれたことは?」 「···ない。全部無えよ」 「···だろうな。だって、陽和はそれをされてなかったから。俺だけなんだって、小さい時からわかってたよ」 お兄ちゃんの泣いている声や叫んでいる声は、未だに覚えてる。 「そんなことした奴らを、力がある今、何もしないことなんて出来るか?」 「俺なら、多分出来ないだろうな」 「そうだろうよ。それだけの事を、大切なやつのそばにいるだけで我慢出来るなんて、お前は本気で思うか?それに大切なやつだ、つっても、会ったのなんて何年ぶりだって話だし。今だから陽和を恨んではないけど、昔はそうじゃなかったんだぞ。」 お兄ちゃんの笑顔は無くならない。 そうやって悲しみを堪えてるのかな、わからないけれど、俺にはそう見える。 「俺もさぁ、一時期、何でこんな人生なんだろうなぁって思ってたんだよ」 「その地位に立ってるくせに何言ってんだよ」 「いや、そりゃお前の過去よりかは軽いのはわかってる。でもな、これから親父みたいに生きていくんだとか、誰かを殺さなきゃいけないんだとか、そういうこと、考えるとな···本当、学校に行くのも嫌で、全然行ってなかったんだよ」 「··················」 「この先、誰かを殺すくらいなら死んだ方がましなんじゃないか、とか。そんなこと考えて考えて···結局、今、ここに立ってる」 ハルがどういう気持ちで今までを生きてきたかなんて知らない。初めて知るそれに驚いてしまう。 「恨む相手すら居ない、ただ自分だけを責める日々もさ、お前の過去と比べちゃ申し訳ないと思うけど、割と、辛いんだよ」 「···だから、何だよ」 「だから恨む相手がいるお前を羨ましいと思った」 「は?」 「お前は陽和の親を殺せばスッキリするんだろ?だから、それが出来ない俺は、お前が羨ましい」 「お、前···なめてんのか、巫山戯るなよ···」 お兄ちゃんが立ち上がってハルの胸倉を掴んだ。 「殺せば、スッキリするなんて、そんなことあるわけねえだろ···っ」 「···なら、殺そうなんて思うなよ」 「てめぇ···っ」 「殺してスッキリしないなら、それで収まらないなら、やめろよ」 そう言ったハルの頬をお兄ちゃんは思い切り殴りつけた。

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