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第2話 双子のような何か
カーテンから漏れる朝日に、光は目を開ける。
ああ、そうか、と周りを見回す。ここは悠司の家。
どうしてユイじゃないんだろう。悠司といる時くらい、ユイのままでいれば良いのにと自分の心に聞いてみるが、誰も答えない。あるいはユイは眠っているのだろうか。
同じベッドの中で、悠司はまだ眠っている。光の手を軽く握って、なんだか疲れたような顔をして。ベッドが同じと言っても、まだ何もしていない模様だ。キスは何度もしたようだが。
悠司は手が早かった。悠司の友人がタラシ扱いしたのはこの辺が理由だろうか? 柴田尚志 の場合、お友達という長い期間を経て光を手に入れたが、悠司とユイは出会ってそう間もない。なかなか体を開かないユイに、今相当焦れているだろうと勝手に想像する。
(自分の体だけど)
ややこしいなあと光は顔をしかめる。
夜中に何か話した気がする。そうだ、尚志がどうのと言っていた。
「悪いことしたかも……」
尚志が容赦なくつけるキスマークに、ユイは躊躇していた。光もあれはやめて貰いたかった。何故自分の痕を残そうとするのか。マーキングかよ、と軽く怒ったこともある。ユイが可哀想だから、今度もっと強く言ってみよう。
……ユイが可哀想。
まるで他人事。
自分のことじゃないみたいだ。
ユイでいる時の自分の記憶は、薄靄の中にいるようにぼんやりとしていることが多い。記憶が抜け落ちているわけではないのだが、どうにも他人事のようにしか思えず、これはあまり良くないのではという不安が光によぎることがある。
良くないに決まっている。
ユイだった時のことを完全に忘れていたとしたら? いきなりユイが出てきて、光の知らないことをしでかしていたとしたら? それは日常生活を送る上で、かなり危険なのではないか。
そう思うが、今はそれほど深刻でもない。進行するかどうかもわからない。不安には思うが、ユイを消してしまいたいわけでもなかった。それも自分の一部だと、光は認めていたから。
だからもし、ユイが悠司とどういう関係になろうとも、多分受け入れることは出来るだろうと思っていた。尚志には悪いが、仕方のないことだと。ただ、光自身が悠司とどうこうしたいわけではなかった。
悠司の手をそっとほどいて、洗面所に向かう。顎の辺りはうっすらと髭が伸びてきていたし、きっとユイはそんな顔を悠司に見せたくはないだろう。身づくろいをし、男物の服に着替え、悠司が起きるのを待つか、それともこのまま帰ってしまおうかと考えていたら、玄関の方で鍵を開ける音が聞こえた。
日曜の午前中は、董子 が来る。
悠司の妹。光と同い年の彼女は、日曜には兄の為に朝食を作りにくる習慣があった。しかし時間的には少し早い。一緒に寝ているのを目撃されなくて良かった。実に面倒なことになりそうで嫌だ。
董子は、ユイの時に会ったことはあったが、光の時にはまだない。
さて、どうしよう?
「あれ? ええっと……ユイちゃん……じゃないよね?」
思ったとおり、董子は光の顔を見て、戸惑っているようだった。どこから見ても女の子の姿をしているユイの時にしか会ったことがない。今の光は小柄だがどこから見ても男の子で、化粧もしていなければ、スカートも履いていない。
しかし顔は似ている。似ているというか、同一人物だ。董子はまじまじと光を見つめ、一つの答えに辿り着いたようだった。
「あっ、双子とかでしょう!」
「いや、違うけど。……まあ似たようなものじゃないのかと。董子ちゃん、僕帰るんで、先生によろしく」
片手を上げて退散しようとする光に、董子はどうしてユイの双子だかなんだかがこの部屋にいるのか疑問に思ったらしく、その腕を引っ掴む。
ひんやりとした手だと思った。
「待って待って、ユイちゃんは? 君、名前は?」
「……帰った。僕は、宇佐見です。先生の病院に通ってる、うさぎの飼い主」
「うさぎの飼い主の宇佐見くん?」
董子は何かがツボに入ったらしく、無邪気に笑った。ああそう、別に笑ったっていいさ、などと思った光は、少し冷ややかな視線を送る。似たようなことを言われたことは過去にもある。
「あの、帰ってもいい?」
まだ腕を掴んでいる董子に、光は困ったように催促する。董子は言われて初めて気づいたように、光のことを解放した。
「ねえ、よく可愛いって言われない?」
董子の方が、目線が上にある。光より数センチ高い彼女は、光を観察して、可愛いなあ、可愛いなあと連呼している。無論、その言葉も過去に何度も聞いたことがある。うんざりするほどだが、それに文句を言ったりはしない。可愛いことは良いことだ。
「まあ、言われるけど。でも董子ちゃんのがずっと可愛いよ」
適当にあしらおうと思って言ったわけではない。董子は光とはタイプは違うが可愛い部類だ。ちょっと背が高いのが嫌だったが、悠司の妹らしく、整った顔立ちの女だった。言われた董子は、ストレートな光の褒め言葉に、ちょっと目を丸くしてからまた笑った。
「また会おうねえ」
光が出てゆく際、董子がそう声をかけた。
会うかどうかは、不明だった。
次に会うとすれば、多分ユイだ。
(……董子ちゃん)
悠司はシスコンなのだとユイに言ったが、確かに兄妹仲は良さそうだった。こんなに年の離れた妹がいたら、それは可愛く思えるのだろう。
ただ、たまに董子に向ける悠司の視線が、とても冷淡なものに感じることがある。それはすぐに消えてなくなるものだったが、やはり気になる。
光は悠司のことを尊敬していて、無条件に好意を向けていたが、近くで見ていると、ほんのたまに、どこかに歪みを抱いている男なのだと気づかされることがある。
――あれは、なんなのだろうか?
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