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第4話 いびつな関係

 キッチンでする物音に、悠司は目を覚ました。カーテンはいつの間にか開いている。ユイが開けたのだろうか。と考えて、すぐに気づく。  ……ユイがいない。  帰ったのだろうか。自分の隣には、既にユイの温もりが消えて、その代わりにペルシャ猫のリリがうずくまっていた。  シャツを羽織ってキッチンに行くと、妹の董子が朝食を作っている最中だった。厚焼き玉子をひっくり返そうとしている。董子の作る卵焼きは、本心を言えば悠司には甘過ぎる。砂糖を入れるのはやめてほしいのだが、董子がそちらの方が好きなのであえて黙殺している。どちらにせよ毎日作るわけではない。我慢は、出来た。 「あ、起きたの」  ちらりと悠司の方を見た董子は、なんだか機嫌が良さそうだった。尤も董子はいつだって明るい。 「おはよう」 「ねえ、兄さん。さっき宇佐見くんて子がいたんだけど」 「……ああ、宇佐見くんね」  そうか、ユイは引っ込んだのだ。宇佐見光が出てきて、起きない悠司を残して帰ったのか。もう少し一緒にいたかったが、光が出てきたのなら仕方なかった。 「なんで来てたの? 宇佐見くんて」  董子に聞かれて、悠司は返答に詰まった。 「あの子、ユイちゃんの関係者だよね? なんか似てるから、双子?って聞いたんだけど、違うって言われたよ」 「双子ね……まあ、似たようなもんだろ」  答えた兄に、董子はくすりと笑う。 「おんなじこと言ってた」 「――そう」  董子が楽しそうに光のことを話しているのが、なんとなく気になった。悠司は光のことは特別に好きというわけではないが、結局はユイと同じ人間だ。董子が変に興味を持つのは、あまり歓迎すべきではない。面倒なことになる。 「あのねえ、ママが兄さんのこと心配してたよ」  ……唐突に、  嫌なことを言われた気がした。悠司の表情が目に見えて強張るが、董子は気づかない。 「ユイちゃんて私と同い年なんでしょう? ていうことは、一応まだ未成年なわけじゃない。年も結構離れてるし、犯罪にならない? とか言ってたよ。馬鹿みたいだけどさあ、ほんと」 「何故あの人にそんなこと話す?」  若干きつくなった口調に、董子はようやく兄の異変に気づき、しまった、という顔をする。  董子の母親である小百合は、悠司にとっては本当の母親ではない。あの人、という呼び方は多分、母として受け入れていない証拠だ、と董子は思っている。  尤も、親子と表現するには二人の年齢が幾分近かった。悠司が16の時に父と再婚して義母となった小百合は、当時28歳。多感な年頃だった悠司にとって、小百合は受け入れがたい存在だったのではないか。  実家にいる時から、悠司と小百合の折り合いはあまり良いとは言えなかった。董子の前ではなんとか取り繕ったような関係を保っていたが、それは偽装された仲なのだと知っている。悠司が今一人でこの家に暮らしているのも、小百合と一緒の家にいるのが苦痛だからなのだろう。大人げないような気はしたが、時が解決する問題でもないようだった。  董子にしてみれば、自分の母だ。仲良くして貰えれば、それは非常に嬉しい。嬉しいが、無理に仲の良いふりをさせることなど出来なかった。 「……え、あ。なんとなく話してたら、そういう流れになって。ごめん。言わない方が良かった?」  ぎこちなく返答した董子をスルーして、悠司は顔を洗いに行ってしまった。いつも董子を可愛がって、話もよく聞いてくれる普段の兄からは考えられない行動だ。生返事でもなんでもしてくれたら良かったのに、無言とは。  ……失敗した。不用意に母の話題など振るべきではなかったのだ。それさえなければ、兄と自分は良い関係を保てるはずだった。  もう、この話はしないことにする。董子は自己嫌悪のため息をついて、調理したものを皿に盛ることに専念した。  ――馬鹿げてる。  鏡を睨みつけ、悠司は心の中で吐き捨てる。  心配だなんて、恥ずかしげもなくどの口が言えたのだろう。董子には悪いが、悠司には小百合を好きになることなど到底無理な話だった。それが自分の子を生んでくれた女でも。  ……いや。  それこそが、要因の一つだ。  董子は知らない。  戸籍上は妹ということになっているが、遺伝子上彼女は、神崎悠司の娘なのだ。16の時の。義母との間に生まれた。父も知っている。董子だけが知らない。  それはとても、いびつな関係なのだ。  悠司は深く深く深呼吸をして、感情を切り替えることになんとか成功した。  ユイが傍にいてくれれば良かったが、彼女は今、ここにはいない。どこを探しても、世界中のどこにも存在しない。  ……ユイを好きになったのは。  もしかしたら自分と同じように、行き場のない歪みを抱えている存在だったからなのかもしれない。  それでも良かった。お互いが楽になれるのなら。  自分自身に吐き気がした。

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