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第10話

藤川の声に恐る恐る、前方の鏡を見た。前回はこのときに小山が写っていた。 (アイツが写りませんように、写りませんように…、アイツが…写りますように) 誠は頭の中で呪文のように唱えていた言葉に、ハッとした。 (俺、今なんて思った?) 結局、奥から鏡をヒョイと覗いたのは、黒髪の青年だった。 「シャンプー担当します、友永です」 席の移動をお願いします、と促されて誠は席を立つ。やはり小山がいない。移動して、シャンプー台の椅子に座り、リクライニングで横になる。 顔にガーゼをかけられて、シャンプーしますねと友永の声がして、暖かい水が髪にかかってきた。ゆるゆると友永の指が髪に触れたとき。 (……つ!) 誠は前回の小山の仕草を思い出していた。友永のシャンプーも気持ちよい。少し強めではあるが、優しく洗ってくれている。以前であれば、大満足していただろう。 なのに、満足できていない。触れて欲しい、と心の中の自分が言う。あのときみたいに、耳たぶを。うなじを。 ただ当然、友永がそんなことをする訳はなく。 (どうしたんだ俺…) 美容室で触って欲しいなんて、そんな性癖、叶うわけもない。もぞ、と腰を揺らした。 (これもアイツがあのとき触れてきたからだ!) 「姿勢、苦しいですか?」 誠が動くのが気になったのか、友永が聞いてきた。慌てて大丈夫です、と答える。 シャンプーを終えて、藤川が伸びきっていた誠の髪をカットしていく。鏡に映る自分を見ていると段々と髪が短くなり、さっぱりしてきた。 サッパリした自分を見ていると、幾分か気持ちも軽くなってきた。 「何時もの白河さんになられましたね。何か、悩み事でもありました?」 藤川が襟足の短い髪をバリカンを使って処理しながら、優しく聞いてきた。誠は鋭いなあ、と苦笑いする。 さりげなく聞いてくるところが、藤川が客にモテる理由なのかもしれないな、と感じた。 「悩みというほどでもないんですけどね…、ああそういえば以前シャンプーしてくれた銀髪の子、お休みですか?」 「ああ、理央…、小山くんですか。昨日、辞めたんですよ」 (…辞めた?) 「急だったんですが…、実家の方でなんかあったみたいで。いい子だったんですよ、あんな髪の色してましたけど」 「そう、ですか」 「愛想はないですけど。僕は好きでしたね」 さ、できましたよと藤川は肩をトントン、と叩いた。

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