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第2話

◇  カエルが鳴いたのかと思った瞬間、義兄はビスケットを吐き出した。愛琉はそれを許さず胃液や唾液の混ざったビスケットの小山を掬い上げ過食気味の熱帯魚の口に入れ、もう戻さないよう押さえた。意地でも排便しなくなったため、無理矢理に食べさせることにしたが下からではなく上から出すばかりだった。肥る様子もなく腹と胸には筋が浮き、人類の美から離れた見事な肉体を持っていた。姉が買い物に出掛けたのをいいことに愛琉は義兄を好きにした。 「ちゃんと食べてちゃんと出さなきゃまた便秘になっちゃうからね。ちゃんと食べて。食べるの!」  ビスケットを放り込み、冷水を何倍も飲ませる。義兄は抵抗し、鰭が飛んでくることもあった。ビスケットを砕き吐き出した口で鳴いているが、この生き物には声がなかった。 「ヒトみたいに口が動くんだね!」  猫や犬と違い縦横に動く唇を摘んだ。瑞々しい肌が掌に当たり心地良かった。 「今日ね、お姉ちゃんがお義兄ちゃんの声買いに行ったの。だからたくさん喋れるね。ねぇ、これから糞便(うんち)する時はぼくの名前呼んでよ。愛琉(めぃる)って呼んでね」  半魚人は上体を起こし噛み付こうとする。がちん、と歯が鳴った。 「お姉ちゃんに頼もうかな。お義兄ちゃんに噛まれたのって。抜歯されたくないよね?ぼくは歯、抜いて欲しいけど。だってそしたらここはただ声出る口淫穴(おしり)になるんだから」  自ら生き物の口腔に手を入れる。嘔吐したばかりで唾液に満ち、生温かく粘り気があった。冷たい舌を引っ張り、下の歯に押し付ける。 ―はひ、はっ、は… 「熱帯魚もどきのクセにイキがるなよ。お国家(くに)様に何の不満があって自殺したの?教えてよ。声買ってきても舌無くなっちゃったら意味ないね。また医者様に持っていけばいっか」  義兄は眉間に皺を寄せた。愛琉の指からは唾液と共にそれとはまた別の体液が流れる。力の無い手が放すよう促した。まるで屈服するような加減だった。 「分かってる?お国家(くに)様に不満があってドロップアウトなんてした時からお国家様が用意した権利なんかもう無いんだからね。勘違いしないでこれからどうやって生きるのがいいか考えなよ」  口から指を抜き、そのまま頭を払う。唾液と血液が飛んだ。 「お国家様の裏切り者の血もぼくたちみたいに赤いんだね」  姉が持っていた特殊素材の手袋を嵌め横たわる義兄の下半身に触る。奇妙な生き物はぎょっとした。 「あれだけ食べて飲んで出さないの、カラダに悪いよ。ぼく、お義兄ちゃんこと心配だから揉んであげる」  巨大な尾鰭が嫌がった。ただ綺麗なだけだった。濡れたレースカーテンは何の役にも立たない。愛琉は揉むと宣言しておきながら窄まりに指を突き入れた。硬く閉じている。指先には柔らかな感触があった。左右に触れる尾部を押さえ付け、さらに指を進めた。奇異な生き物の上半身が反る。引き締まった腹が凹んでいる。ぶるぶる震え、便意に堪えている。 「ほらぼくの手の上に立派なの出して。出したいよね?苦しいよね?つらいよね。いっぱい出しちゃなよ。きっと気持ち良いよ」  大きく横に首を振られる。 「ふ~ん」  愛琉は手袋を外した。指先に溶けた石灰肥料のようなものが付いていた。尾部に手袋を掛け、見限ったように部屋を出た。暫くしてまた戻ってくる。その腕にはボウルに山を築いている茹でた卵が乗っていた。 「そんなに排便(うんち)したくないなら塞いじゃおっか。お義兄ちゃんはお魚だから卵生だよね?」  ボウルにあるのは鶏卵だったが、愛琉は手袋を嵌め直すとよく冷えているゆで卵を意図的に固く閉ざしている窄まりへ押し当てる。しかし盛り上がった蕾に卵は滑ってしまう。 「入れるの!卵産むの!」  躍起になって糞便穴によく冷えたゆで卵を入れようとしたが、義兄は肌を真っ赤にして頑なに糞穴を開けなかった。愛琉は一度諦めたふりをした。 「ケチ!熱帯魚もどきが恥ずかしがって意地になって、人類ぶるな」  標的が変わった。窄まりの上の少し幅のある亀裂。その奥に牛の舌に似たピンク色の器官がある。ポケットのようになっている割れ目に手を伸ばした。糞便孔のような括約筋はないらしく何の抵抗もなく隠れていた器官を掴むことができた。 ―はひっ、はァッ!  透明な粘液を纏った突起状のものを扱く。 「ここシコシコされたら気持ち良くて脱糞(うんち)しちゃうんじゃない?」  ヌタウナギのような粘度の高い体液を使って奇怪な生き物の生殖器を擦った。市販のよくあるローションよりも濃く、空気を含んで白くなる。手袋が妖しく光り、厚めの膜を作り撓んでいる。愛琉は固さと太さを増す手の中のものよりも、すぐ下の便門が収集するのを観察していた。冷たい手が愛琉の腕を離させようとした。その仕草や弱々しい表情に愛琉は訳の分からない動悸を味わうことになる。何がなんでもここに冷たいゆで卵を入れなければならなかった。死活問題で、義務で、使命だった。 ―はっ、はっ、はっ、はァッ!  何が何でも阻止しようとする筋肉質な腕は逞しく、手の甲は筋張り、角張った指は愛琉よりも力強かったが、義兄は首を振り、ヒトでいうと泣きそうになっていた。その様を見ていると可憐な義弟の胸は燃え上がった。自然と生殖器を摩擦する手が速くなる。窄まりの収斂の間隔も狭まった。 ―はっはっはっッッッ!  視界の端で白い霧が生まれたのと同時に愛琉はゆで卵で栓をした。1つ、2つ、ゆで卵を無理矢理に捻じ込む。大きく隆起し瘤のようになった糞便穴を両手で押さえる。最後まで手淫を施されない生殖器はメトロノームと化しながら脈打つ。義兄は中途半端に放精させられながらも、あらゆる手を使って逃げようと悶えた。3つ目には強い反発力があった。 「お義兄ちゃんが排便(うんち)しないのがイけないんだよ?お義兄ちゃんが排便(うんち)しないのがイけないの。お義兄ちゃんが排便(うんち)しないから…」  両手の下で窄まりは便意を訴えていた。膜越しにゆで卵が()り上がっている。それを押しているものを考えると股間が張り裂けそうだった。胸も張り裂けそうになる。美しい奇体を持つ義兄の排便は何より淫らだ。それを再び1人と1尾だけの空間で見てしまったら、愛琉にとって何かが"オワル"。来栖川クリスティーン家の長男として家柄の良い女体に立派な子を孕ませなければならない。貴種の腹に貴種の種を出し、貴種を産ませなければならないのだ。でなければ「お国家(くに)様」への裏切りだ。反逆に等しい。 ―はひっ、はひッ…! 「頷いてくれたら脱糞(うんち)させてあげる」  義兄は顔を涙で濡らし、引き結んだ唇の端から涎を垂らしながら頷いた。 「うんちしたい?」  口を開けて義兄は無音のまま吠えた。涎が瀞みを持って落ちていく。大きな手が愛琉の手を外そうとする。 「ただいま、あなた」  淑やかな声が聞こえるのとともに決壊する。ゆで卵がころころと音を立て、そのあとから水分の少ない、膨張した感じのある砂浜の砂のような大便が漏れ出た。姉は絶句し、愛琉は胸を高鳴らせた。下着の中で脈動を感じる。 「……あら」 「お姉ちゃん!おかえり!ね、お義兄ちゃんがこんなに卵産んだの!お義兄ちゃん、卵も産めるんだね!すごいや!」  ぶちぶちとまだ窄まりはぽっかりと穴を開け、砂のような糞を()り出した。 「まぁ……あなた、女の子だったのね。じゃあ男の子も飼おうかしら」  義兄の妻はいくら困惑していた。 「あなたと同じくらいの男の子、あてがあるから……でもあなた、本当に女の子なの?」  姉はショックを受けた様子で2人の傍に近付いた。消化しきれなかったビスケットもどろどろと窄まりから流れ出る。 「お義兄ちゃん、具合悪いみたいなの。ぼく、今日はずっと傍に居てあげてもいいかな?お義兄ちゃんのことが心配だよぉう」  大袈裟に泣き真似をすると姉の柔らかな手が頭を撫でた。 「そうなの…?気付かなくてごめんなさい、あなた。今掃除しますから」  姉が掃除用具を取りに行くために1人と1尾のもとを離れる。愛琉は目を剥き、怒りに満ちている美しい義兄の耳元に顔を寄せる。 「あんたは糞をむりむり()り出したけど、おれもそれ見ただけでガキ(ミルク)漏らしたから大丈夫だよ」  視界が大きく揺れた。愛琉の身体が大きく傾き尻餅をつく。 「そんな怒るなよ。怒ってもいいけど。お国家様の裏切り者の元・人類(にんげん)魚擬(もど)きが何しようが関係ないね」  敢えて愛琉はその体勢のまま動かなかった。姉が来るのを待つ。 「そのゆで卵、このゆで卵もだけど、あんたのエサだから。それと牛乳ね。あんたは一生、おれの前でぶりぶりびちびち糞垂れてばいいんだから、お気楽な生活だよ。だろ?あの姉貴(おんな)とガキでも作る?何が生まれるんだかな」  義兄の睨む顔に見惚れてしまう。 「フィニングしてやろっか。フカヒレ獲るために鰭全部切るの。もう泳げないね。ねぇお義兄ちゃん。あんたは今生きてるんじゃないの。生かされてるの。それ分かってる?」  姉が戻ってくる。義兄に顔を変える瞬間を見せてやった。 「お姉ちゃん!お義兄ちゃんが!お義兄ちゃんがぁ!」  火水(ひとみ)は愛琉の肩を抱いて夫を見遣る。 「あなた、ごめんなさい。愛琉ちゃん、ダメよ。あんまり構っちゃ」 「ぼく、もっとお義兄ちゃんと仲良くしたかっただけなのに…」  愛琉の予想に反し、姉は夫の味方をした。しかし奇妙な生き物は勝ち誇った笑みを浮かべるでもなく、不貞腐れたように顔を背けてしまった。そして妻が糞便と嘔吐物を片付ける。 「ぼく悪くないのに…」 「愛琉ちゃん。お義兄ちゃんは下半身がお魚さんで、上手く歩けないし、まだ身体が慣れてないの。体調も良くないみたいだから、ね?もうちょっと経ってからいっぱい遊ぼう?」  言い聞かせながら姉は愛琉の額に自分の額を合わせた。その間この弟は義兄を横目に見張っていた。鰭が不機嫌に動いている。 「声帯機も買ってきたから、ちょっとしたらお義兄ちゃんともっと話せるようになるんだし」  愛琉は表情を作ると、部屋に戻ると告げた。そして自室から他にも自殺者厳罰法により愛玩刑に処された者がいないか探した。牝がいれば繁殖できるかも知れなかった。牝牡(ひんぼ)を同じ枠に入れておけば数が増えるのだろう。国家を裏切り、国家の手の届かないところへ逃げようなどとしておきながら、生殖には事欠かない。人類であることを捨てた生き物だ。生殖能力があれば。愛琉はブルーライトを浴びながら笑っていた。牝の受刑者を探した。しかし牝は人猫や人犬ばかりで、設備費のかかる人魚を引き取っている者はいなかった。画面をスクロールしながら余所の家の受刑者の写真を眺めていた。自殺者厳罰法によれば自死の際に生前の一切の権利を放棄したと見做され、この半人類たちに肖像権はなかった。毛に覆われた耳や尻尾の付いた受刑者が片足を上げ性器を晒しながらの放尿や、排便の様子が載せられている。本物の犬猫のように寝顔や着せ替えを楽しんでいる家庭もあった。しかし種付けや妊娠や出産の話はどこにもなかった。愛琉は暫く受刑者の生活を眺めた。神馬(しんめ)にされている受刑者もあった。人類の上半身にそのまま下半身が首のない白馬のようだった。その様は威嚇するザリガニのようにも見えた。受刑者保護家庭の中でも一際注目を集めていたのは白い長毛の人猫で、その顔立ちも美しかった。引き取り手の無さそうな醜い容貌の個体は合成手術の際にある程度脂肪吸引や整形された。受刑者たちに与えられているのは国家を裏切らずに生きている者たちを癒すことであり、捌け口になることだった。彼等自体が可愛がられることではない。しかし愛琉の目にしたこの白い長毛の人猫は整形にしては自然な歪さの骨格の中で美しさがある。画像の投稿者はその人猫を「兄さん」と呼んで可愛がっている様子で、首には赤いリボンにメダルが付いていた。ブラッシングをしたことや、窓辺で寝ていることを逐一更新している。この画面の中では半人類を愛でているそれが信じられなかった。異様な文化が記されたページからネットショッピングに切り替え、目星をつけたものを注文した。 ◇  姉は仕事のレセプションに行ってしまった。すぐには帰ってこない。愛琉は届いた卵形のゴムボールを手に姉夫婦の部屋に入っていった。義兄は鰭を靡かせ、水槽の中ほどに留まっている。 「義兄さん」  半魚人は愛琉が呼ぶまで彼に気付いていないらしかった。顰め面が険しくなる。反対に愛琉はにこりと笑う。コントロールパネルを操作し、半魚人は陸に打ち上げられ、盾のようだった水槽も失った。 「義兄さんにプレゼント買ったんです。産卵の練習しましょう?初産は痛いでしょ?あ、この前もう産みましたっけ。魚が?鶏の卵を?」 『ヤメ…ロ…』  抑揚のない声がどこからともなく聞こえた。愛琉は鰭を叩き付けている義兄を見下ろした。 「あはっ!義兄さん、話せるようになったんですか?魚のクセに」 『ヨセ……アッチに、イけ……』  男声機はまだ彼に馴染んでいないようだった。しかし声質は美しい。 「発声の練習もできるじゃん、ねぇ?義兄さん」  敢えて愛琉は手袋を嵌めなかった。素手で煌びやかに照る魚部を触る。 『アッ、熱……っ!ハナ、せ…!触るナ!』 「ねぇ、義兄さん。他の愛玩刑の受刑者はどんなんだろって調べたんです、ぼく。他の受刑者は猫とか犬でしたよ。ちゃんと声帯があって、にゃんにゃんクンクン言ってましたよ。もしかして声帯無かったって、喋れるだけよかったんじゃないですか。そうでしょう?」  熱さに暴れる半魚人の尾部に跨がり魅惑の窄まりを指先で浅く突いた。鰭が床に叩き付けられ水滴が飛ぶ。ロデオマシンに乗る要領で愛琉は激しい揺れを往なす。 『触、ルな…!』 「ここからぶりぶりぶりって糞ひり出すの、気持ち良かった?妻とその弟に見られながらさ。恥ずかしいなんて感情あるワケないか。人類(ヒト)じゃないんだもんな」  買ったばかりのゴム製の卵を糞便孔に当てた。鶏卵とほぼ同じサイズで形も同じだった。 『ヤめ、ろ…!放セ……!』 「おとなしくしないと切っちゃうよ。魚も痔になるのかな?でもあんなほっそい糞じゃ痔になってもすぐ出るよね?」  ゴムの摩擦によって窄まりには上手く入らなかった。愛琉は指を舐めてから糞便孔を窺った。 『熱イ……!』 「やめてほしい?」  半魚人は浅く何度も頷いた。素直な反応に満足する。 「じゃあやめてあげる」  愛琉は特殊素材の手袋を嵌めた。ゴム製卵と共に買った冷感ジェルを窄まりに垂らす。 『~ッ!ぁぐっ』 「ちょっと冷たかった?これでも熱い?でも我慢してよね。自分で自分ぶっ殺した時よりつらくないでしょ?っていうか自分で自分ぶっ殺しといて今更自分を大事にしたいとか思わないでよね。これでビョーキになって病死しちゃえば自分で自分ぶっ殺したときみたいに望んだとおりになるんだから良かったじゃん」  愛琉は冷感ジェルを窄まりに塗り、特殊素材に覆われた指で皺を揉み込む。 『触るナ!触るナ…!放…っ』  同じくネットショッピングで同時に買ったスタンガンを当てた。羽虫が焼けるような音をたて、義兄の身体が弛緩する。 「勘違いしてない?このカラダは義兄さんのじゃないの。姉ちゃんのモノなの。姉ちゃんのモノはおれのモノなの。触っていい、触っちゃダメ。それを決めるのは義兄さんじゃないよ。分かってよ。知能まで魚になっちゃった?」  ぐったりしている義兄の髪を掴んで持ち上げた。白目を剥きかけている。しかしこの奇天烈怪々な生き物はまだ暴れようとした。愛琉に噛み付こうとしたのだった。彼は自ら怪物の口に手を入れた。 「すごく綺麗な猫ちゃんいたんだよ。義兄さんと同じ、自分で自分ぶっ殺した受刑者ね。魚が好きなんだって。ま、猫は大体魚好きって決まってるんだけどさ。気にならない?怪物猫でも怪物魚食うのかってさ」  舌を握るがぬめりによって逃げられる。手の甲に歯が刺さるのも構わず拳を作ろうとして、義兄の顎が軋み。 「みんな死にたがってる。みんな、みんな、お国家(くに)様のお偉いさんだって死にたがってる。人間は生まれながらに死にたがってるのに平気なツラしてガキを作って復讐してんだよ。それを義兄さんたちみたいなのは自分で自分を殺して逃げようとするんだから。卑怯者め。みんな死にたがってるのに、逃げた臆病者だよ。こんな扱い方されるのは当然だよね?」 『ぁぐぐ……っく、』  新しい反応を期待して胸にある淡い色の肉粒を引っ張った。 『ぁぅ…!』 「立派なおっぱいしてるよね。人牛にでもされればよかったのにね。牝にされて、人牛乳出せばよかったんだよ」  もう一度スタンガンで義兄を撃った。びくびく震える生き物の口から手を抜いた。唾液に塗れ歯形が付いていた。当初の目的だった魅力的な糞便孔を慣らす作業に戻る。指を入れ、奥を探った。糞便らしきものの感触はなかった。蠢く内部を穿っているうちに指の腹に小さな(しこ)りがぶつかった。破裂しそうな水風船を弄るような楽しさがあった。愛琉は指で小突いたり、摩ってみた。触っている穴の上の裂け目からゆっくりと触手のような器官が首を擡げる。桜よりも赤みがある、桃の花より薄い色をしていた。義兄は意識を失い、鰭は床に広げられ両腕も落ちていたが生殖器だけは重力に反していた。その裏側にあたる凝った部分を愛琉は執拗に刺激した。みるみる薄紅色の器官は膨張していく。強く押すと白い霧が噴き出した。義兄の肉体がスタンガンを当てた時よりも長く痙攣する。塩気を帯びた青い匂いが漂う。糞便を引き千切るための筋肉が義弟の指を食い締める。収縮しているうちにゴム製の卵を押し込んだ。粘膜とゴムの摩擦が伝わる。1つ、2つ、3つまでは入ったが4つ目からは難しかった。まだ4つ残っている。手を離すと糞便門は盛り上がったまま留まった。義兄の頬を叩く。まだ目覚める気配はなかった。幅のある長い睫毛が妙な心地にさせた。手袋を外し、姉が水槽を観賞するために設けたソファーセットから目覚めを待った。義兄は美しかった。腰部から変わっていく曲線や、絵本や耽美映画で見るようなドレスを思わせる巨大な尾鰭。虹色に輝く鱗。厳かな凹凸を作りしなやかさも持った肉体。理知的な額と通った鼻梁、薄い唇、涼しげな二重瞼が沿う切れ長の目。愛琉は横たわる人魚をひとつひとつ舐め(ねぶ)るように眺めた。美術品の観賞会のようであった。触りもせず、猥らな想像もせず愛琉の膝の奥は滾りはじめる。人類だったなら、と思った。息が上がり落ち着かない。ソファーに座っていられたのはほんの3分にも満たず、義兄に近寄る。盛り上がった蕾が花開き、卵型のゴムが垣間見えた。一気に愛琉の体液という体液が沸騰する。抑えがたい劣情は自涜を促し、愛琉は抗えなかった。美しく(おぞ)しい義兄を肴に手淫する。咲かけの蕾から覗く卵を押した。筋肉の割れた腹が動き、卑猥な様相を呈した。怪物を想って絶頂に向かっている。扱く手は速さを増した。窄まりにかけたい。魚のように産まれたての卵にかけたい。哺乳類のように中で出したい。欲求が渦巻く。決められないまま愛琉の精液はヒトと魚類の境目、鱗が疎らに生えた腰に飛んだ。愛琉は姉には聞かせないような声で呻いた。自涜とは思えないほどの官能の波に呑まれ、揺蕩う。その間も愛琉は媚びるような声を漏らしていた。ゴムの塊が1つ、蕾から絞り出される。白霧を噴出する触手に似た生殖器が再び勃ち、白い露がピンク色の肉茎を滴る。欲情が意識のない義兄に伝わっていた。放り出された手を握ってみる。握り返される。戸惑う。卵がまた1つ、2つと転がった。義兄の汗ばんだ指が解かれ、その手は上半身を持ち上げた。まだ空ろな目が振り返る。最後の卵が溢れ落ちる。尾部が大きく引き、愛琉は薙ぎ払われた。義兄もその反動で転がった。 『来ルな…!いヤだ…!』  まだ声は不安定だった。排水口だらけの床を義兄は両腕で這った。まるで脚が生えているように腰を曲げ、尾部で蹴り、愛琉から逃げようとする。少しでもこの奇妙な生き物に戸惑ったことを恥じた。 「まだそんなこと言ってるんだ、お義兄ちゃん」  義兄の産んだ卵、甥姪に相当するゴムの塊を愛琉は拾った。宙に放ってはキャッチする。

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