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第2話 まるで愛の告白のような

 何が食べたいか聞かれたので、焼肉、と答えた。  未雨は自分の遥か上にある尚志の顔を見上げて、「焼肉、ねえ……」と不本意そうに呟く。 「初めて食事する女性と焼肉ってどうなの?」  返事がお気に召さなかったらしく、あまり表情がぱっとしない。別に機嫌を伺う気はなかったので、尚志はあっさり「じゃあそっちで決めていいよ」と言い捨てる。食べたいものを聞かれたから答えただけなのに、文句をつけられるのは心外だ。 「じゃあ、焼肉でいい」 「……どっちだよ」  女ってわからない。いいなら最初から同意すればいいし、嫌なら嫌を貫けばいい。まあ、深く付き合うわけでもないので、そんなに気にしないことにした。  画廊を出ると、駐車場に未雨が乗ってきたであろう車が停めてあった。少なくとも運転免許の取れる年ではあるようだ。チョコレート色をしたまるっこい形の国産車の助手席に、何やら巨大なクマのぬいぐるみが鎮座していて引きまくる。無駄だ。実に空間の無駄だ。これだと尚志が乗れない。 「後ろ、乗って?」  なんだか疲れてきた。言われるがままに後部座席に乗り込むと、未雨は運転席に座ってからこちらを振り向いた。 「クマ抱っこで助手席の方が良かった?」 「いや、ありえないから」  嫌そうに言った尚志に、未雨は何故か楽しそうに笑った。ピアスだらけのいかつい男がクマのぬいぐるみを抱っこしている姿を想像したに違いない。似合わないことこの上なかった。  運ばれてきた皿からタン塩を取って鉄板の上に置く。週末ということもあって比較的混んでいる店内には、あちこちで肉の焼ける匂いがしており、空腹にダイレクトな攻撃を仕掛ける。とりあえずキムチなんかをつつきながら肉の焼けるのを待っていると、正面に座った未雨がじっとこちらを見ているのに気づいた。 「それ、どうなってるの?」  未雨が見ているのはラブレットだった。  唇の下にちょこんとついている銀色の輝きが気になって仕方ないらしい。耳にもいっぱい開いているが、正面から見る分に、そこが一番気になるようだった。尚志は下唇を指でぐにっと広げて、中から貫通しているそれを未雨に見せてやる。 「…………うわ」  痛そうな顔をされた。  しかしこういう反応も慣れているので気にしない。すっかり完治しているので全然痛くないし、綺麗に開けられたので気に入っていた。 「他人の目なんて気にしない方?」 「わりとね」  焼けた肉を口に入れながらもごもごと喋る。 「あの絵を描いたのは本当にあなたなの?」 「イメージに合わないって?」 「正直言うと、全然合ってない。どちらかっていうと、絵なんて見ることさえしない感じ」  正直過ぎる未雨に、苦笑が漏れる。 「よく言われる。でも好きなんだよ、描くの」 「本は読まないでしょう」 「? ああ、滅多に」 「だと思った」  小さく笑った未雨の顔は、やはり可愛らしい。男だったらストライクゾーンだったのに。  そんなふうに思う尚志は、筋金入りのゲイだ。女が嫌いなわけではないが、体が反応しない。友達でいる分には性別なんて関係ないし、実際女友達も結構いる。しかしそれ以上は無理だった。  兄の尚弥は今半分女の体になってしまっているが、実は女もいける口だ。守備範囲が広くて楽しそうだと思うが、別に羨ましいわけではない。不自由だと感じたこともない。実らない恋もあるが、それは男女だとしてもそうだ。自分以外の誰かが、そうそう自分と同じだけの思いをこちらに返してくれるわけがない。それは所詮無理な話なのだ。 「今度は違う絵も見たいな」  頬杖をついて、少し首を傾げる未雨。  ふと、言っておくべきだろうかと尚志は思った。  思い上がるわけではないが、未雨がどうしてこうも親しげに接してくるのかを考えると、もしかして絵を気に入った以外に何かを求めているんじゃないかと邪推してしまう。  変に期待されて、結果期待を裏切るような形になるのは面倒だ。未雨と……というより誰とでもそうだが、ぐだぐだの関係になるのは勘弁して欲しい。  言おうかな、と口を少し開きかけた時、未雨がそれを遮った。 「私の為に絵を描いて欲しいのよね。……それ以上の他意はないから安心して」 「え」  未雨は見透かしたような笑みを浮かべる。 「食事なんかに誘って、気があるんじゃないかって思われてあとで面倒なことになるのは、嫌でしょう? だから最初に言っておくけど」  それは今こちらが言おうとしたことなのだが。もしかして心を読んだり出来るのか? と尚志は眉を寄せた。 「えーと……た、高天原さんの為にって、何。あんたをモデルに絵を描けってこと?」  舌を噛みそうになっている尚志に「未雨って呼んで」と彼女は言った。「高天原」は言いづらいので、尚志はそれについて同意することにした。 「私のことを描くわけじゃなくて……絵本を出したいの。私が書く文章に絵を付けて貰う。手垢のついてない人が欲しいから、自分で見つけようと思って、色々なところを探して回ってたの。  でもなかなかぴんと来る人が見つからなくて。そしたら人づてに話を聞いた柴田さん……あなたのお父さんが、声をかけてくれてね。もしかしたら気に入るのがあるかもしれないから、一度見にいらっしゃいって、仰って」  未雨の口調は、なんだか大人びて感じられた。もしかしたら尚志が思っているよりもずっと年上なのかもしれない。 「……あなたの絵が、好きなの」  まるで愛の告白でもするかのように、それは聞こえた。

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