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高校生がやってきた

 忘年会も無事終え、ほっとしたところで高校生がやってきた。  例の、叔父が単身赴任している先の上司の息子(赤の他人)である。母親が付き添ってきた。そしてこちらには叔母が来てくれた。 「この度は本当に……」  申し訳なさそうに高校生の母親が頭を下げる。いろいろ苦労していそうだった。 「いえ、気になさらないでください。そろそろ引っ越さなければと思っていたところですから」  高校生は俺と同じぐらい背があり、しなやかな筋肉が全体的についているかんじのイケメンだった。運動部かもしれないなと思った。 「お邪魔します」  礼儀正しく真面目な印象を受ける。緊張しているようだった。 「どうぞ。何もありませんが」  お茶を淹れようにもマグカップが二つしかないし、わざわざ紙コップを買ってくる気にもなれなかったので内覧だけしてもらうことにした。高校生とその母親は興味深そうに部屋を見て回り何度か頷いた。 「台所がとてもキレイですけど、掃除されたのかしら?」  母親だけあってまず言及するのが台所なのが面白い。 「多少は掃除しましたが、自炊も特にしていないんですよ。仕事も忙しいですし」 「何もない……」 「こら! 勝手に人様の冷蔵庫を開けるんじゃありません!」  高校生が当り前のように冷蔵庫の扉を開けた。母親が慌てて叱る。そして何故か叔母の目がとても怖い。  一通り見てもらってから、近所の喫茶店に移動することにした。 「信一、どうだった?」 「いいと思うよ。交通の便も悪くないし。でも、長井さんは出て行くんですよね?」 「うん」  高校生の母親が声をかける。高校生は自然とそう答えた。で、何故俺に話を振るのか。 「部屋が二つあるんですから、僕が一室に居候って形じゃだめですか? 家賃は僕の方で負担するので」 「え?」 「信一?」  思いがけないことを言われ、俺は呆気にとられた。 「そうすれば長井さんも出て行かなくて済むし、二人で住めば防犯上いいんじゃないですか?」 「いやいやいや……悪いけど友人と住むって話をしているところなんだ。遠慮するよ」  なんだかやけに口が回る小僧だ。 「そうなんですか……」  高校生は残念そうに肩を落とした。   「ってことがあったんだよ」  ところ変わって岡の家である。高校生が内覧に来た日の夜だ。 「へえ、そうだったんですか」 「で? その少年はどうするんだって?」 「二三日考えてから答えを出すようなことを言ってたかな。やたらとLINE交換しないかって言われて辟易したよ。一応メアドだけ教えておいたけど」  岡、安田の順である。岡はどうでもいいような口ぶりだったがなんだかとても目が怖い。  そして何故か安田とアイコンタクトをしている。 「メアドは教えちゃったんですね」 「そんなに確認しないけどな」  それよりも叔母が怖かった。二人を最寄りの駅まで送っていった後、自炊の必要性をこんこんと説かれてしまった。わかってはいるが、今はコンビニでもスーパーでも惣菜や冷凍食品が溢れているし近くに居酒屋などもあるので自炊の必要性を感じない。だがそんなことを言ったら説教の時間が倍になりそうだったので、黙って聞いているだけだった。基本女性に逆らってはいけない。 「先輩が自炊かぁ。できるんですか?」 「んー……昔親の帰りが遅い時に妹に作ってやったことがあるけど……確か二度と台所に立つなと言われた気が」 「あの妹にか?」 「うん」  安田が笑い出した。安田は実家に来たことがあるので菜々子を知っている。 「あれで菜々子が台所に立つようになったんだよな。いくらなんでももう生焼けの野菜は出さないってのに……」 「生焼けの野菜!!」  安田がひーひー言っている。さすがに岡も笑った。だからもうそんなことはないっての。 「大丈夫ですよ。これからは僕が先輩に作りますから」 「よくできた嫁だなー」  安田が茶化す。 「安田さんは実家暮らしですよね」 「ああ、俺に料理を期待しても無駄だぞー」 「……ええ。それで三人で住んだら岡に負担がかからないか?」 「家事は分担すればいいだろ」  それもそうか。  着々と、三人で住む方向で話が進んでいる。実際に住むとなったらいろいろ取り決めもしないといけないだろう。  とはいえ高校生が引っ越してくることになったら一旦岡の家に住むことになる。これは岡と安田が強行に決めたことだ。俺に選択肢はないらしい。 「高校生が引っ越してこなくてもあの家は出るんですよね?」 「うん、遅くとも来年中には出たいかなって。岡には迷惑かけるけど」 「迷惑だなんて! そんなことは絶対にありえません!」  なんだか岡の発言がおかしい気がする。 「本当にもう、先輩は……」 「智だからしゃーない」  え? なんで俺ダメな子扱いされてんの?  安田が椅子に腰掛けている俺を抱き上げた。 「わぁ!?」 「これはもうしっかり俺らの愛を教え込まなきゃだめだろう?」 「同意します」 「えええ?」  安田の腕の中からこぼれた俺の手に岡が口付ける。 「先輩、愛してます」 「智、愛してるぞ」  頼むからまずは中を洗わせてくれ。

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