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逢いたかったひと 3
香取省吾という男は、掴み所のない、不思議な奴だった。
仕事はそつなくこなすが力が入っているようにも見えず、無気力でもないが熱くもない。
愛想はないが、慣れれば笑顔も見せてくれる。
涼しい顔して『どうでもいい』と『面倒臭ぇ』と『興味ねぇ』が口癖。
必要以上に人と接する事を望まない。バイト面子に聞いても皆口を揃えて、奴のプライベートは謎だという。
「へぇ……」
一ヶ月分のシフト表が張り出され、眺めていたら突然背中をどつかれた。
「ハルどけ。デカイ図体で立たれると俺が見れないだろ」
ムッとして振り返ると案の定、香取省吾。こいつの口の悪さには数日で慣れた。慣れたといっても、可愛いげがあるとは決して思えないが。
それにしても。
「省吾、毎日バイトじゃないか」
まるで一人勝ちの如く、ほぼビッシリと出勤枠。
「毎月こんなんだ」
「大学、国立のM大だろ。卒業できるのか」
「まあなんとかなるだろ」
「彼女いないのか」
「あ? いるよ」
サラリと返され、思わずシフト表と省吾の顔を見比べる。
「いつ会うんだこのスケジュールで」
「んーまぁ……って関係ねぇだろ、うるせーよ」
まあ確かにと口を閉じると、今度は省吾から口を開いた。
「お前はいんの、彼女」
「まあ、それなりに」
「そっか。バイト掛け持ちさせちゃって悪かったな」
「ん? ああ、あっちのバイトは辞める事にした」
驚いた表情で俺を見上げる省吾に俺が驚いた。
「な、なんだ?」
「いや……なんか色々悪かったなと思って」
おいおい、本当に今更な奴だな。
急にしゅんとした省吾が何だか可愛く見えてしまった。
「いや……飲食店のバイトは初めてだから、逆に新しい経験が出来て楽しいよ」
すると省吾はあっという間に元気を取り戻し、そうかよかったな、などと一人で頷いている。
(……面白い奴だな)
省吾という少し変わった男との出会いは、俺にとって収穫だったのかもしれないと、心の中でひとりごちた。
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