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逢いたかったひと 12

◇◇◇  省吾と俺はガード下にある小さなおでん屋に入り、カウンターに並んで座った。  熱燗を喉に通し身体が温まったところで、省吾が大根に辛子をつけながら口を開く。 「おでんの具で好きなの、なに」 「ちくわ」  答えるなり、ブッと噴かれた。  何だよ、聞かれたから正直に答えただけなのに。 「おま……ちくわって何か合うな」  クックと笑いながら言われても、全く嬉しくない。 「省吾は何だよ」 「断然、大根。おでんなら大根一本はいける」  それはいけ過ぎだろうとつっこみかけて、言葉を飲み込む。 「あったかいし……」  頬と鼻を赤くし、背中を丸めて大根をかじる省吾がやけに切なく見えた俺は、黙っておでんの汁を啜った。  カウンターの前にあるステンレス製のおでん鍋からぐつぐつと音が響く。温かな湯気と胸に染みるおでんの香りは、冬の寒さをやわらげてくれる。  ともすれば、冷えた心にも染みいる温かさだと心の中で呟いた。 「……彼女、追いかけなくてよかったのか」  我ながら今更な言葉だなと思いながら問うて見れば、省吾は俺の方を見る事もなく、お猪口に口をつけてちびりと酒を飲んだ。 「てか、もう別れてたし」 「あ……そう」 「……女ってわかんね」 「そりゃあ、色々違うしな」 「他の男とヤッてるとこ目の当たりにした後に、怒れっていわれてもな」  汁が喉に入り噎せた俺を、馬鹿にしたように笑う省吾。  お前が変な事をサラリと言うから。 「現場立ち会い?」  俺の一言が気に入らなかったのか、脇腹を殴られた。 「鍵持ってたし……バイト前にあいつんち寄ったら、知らねぇ男とヤッてたから鍵置いてサヨナラ」 「あー……」  出勤時の省吾の様子を思い出す。そりゃあ、ああもなるかと妙に納得した。 「と思ったらバイト先まで押しかけて散々責められるわ、怒れとかいわれるわ、訳がわからねー」  途切れ途切れに聞こえた、彼女の言葉を思い出す。 「……淋しかったんだろ」 「……」 「淋しくさせたのは……お前なんだろうし」 「……そうだな」 「まぁ何にしろ、続けるのも終わりにするのも、お前次第っぽいな」 「……知らね。つーか終わったし、正直もう考えたくねぇ」  お代わりの熱燗をお猪口に注ぎ、それをくっと煽った省吾は、大根に辛子をつけてかじった。

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