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逢いたかったひと 14

「ここ」  木造二階建てアパートの前で省吾が立ち止まり、俺は正面の建物を見上げた。  暗闇でぼんやりとしかわからないけれど、茶色に塗られた外観と門構え、錆びた階段から、築年数の古い建物だとわかる。両隣の建物に挟まれた状態の立地からして、日当たりは望めないだろうなどと思いながら、まじまじと眺めた。 「年季の入ったアパートだな」  俺の感想に、省吾は「うるせーよ」と返事をしながらアパートの敷地に入り、一階の一番奥の扉の前で足を止めた。よりにもよって一階の一番奥とは、恐らく日中でも電気が必要なレベルだ。  ポケットから鍵を取り出す省吾を眺めながら、俺は気になっていた事を口にしてみた。 「いいのか、個人情報を流して」 「は?」 「お前のプライベートは謎だらけって聞いてるけど」  俺の言葉に省吾は目を丸くした後、軽く笑った。 「何だそりゃ、知らね。言う必要ねぇから言わねぇだけだし」  どーでもいいけど、といって笑う。  省吾の口癖は、いつからのものなんだろうと、ふと考えた。  省吾にとって『どうでもよくない事』って、どんな事なんだろう。 「まあ確かにここ住んで、彼女以外に他人いれるのはお前が初めてだな」  何気なく呟いた省吾の一言に、ドキリとした。ここの敷居を跨ぐ初めての他人。 「なにぼけっとつったってんだよ、とっとと入れ。寒いだろうが」 「あ、うん、お邪魔します」  省吾にせっつかれ、俺は慌てて敷居を跨いだ。  部屋の造りは純和風で年季を感じるものの、室内は小綺麗にされていた。  というか、物がない。  玄関入って直ぐに広めのキッチンスペースを通り、ガラガラと昔馴染みの引き戸を開けると六畳の和室が現れた。  これまた、物がない。  こたつと小さな本棚、小さなテレビと目覚まし時計。部屋の隅にたたんで積まれた布団。こたつの上には参考書が乱雑に置かれている。 「綺麗にしてるんだな」 「物がねーからな」  確かに、と納得しつつ畳に腰を下ろすとビールを渡され、軽く乾杯をして口につけた。

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