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逢いたかったひと 32

「何だ、全然食ってねぇじゃねーか」  つかつかと歩み寄り、正面の椅子にドカリと腰掛け、自分の賄い飯をテーブルに置いた。 「ぼけっとしてた。もう交代の時間か」 「いや、この後ホールが忙しくなりそうだから先はいっとけって、厨房の奴と入れ替わった」 「そうか」  割り箸をパキンと割りながらふと目に入った省吾の盆の上には、丼ぶりの横にケーキが乗っかっている。  そういえば、省吾だけはたまに型崩れたケーキを貰って食べているなと思い出して、ふっと頬が緩んだ。本当に甘いものが好きだなと思った直後、クリスマスの苦い夜を思い出して一気に気分が落ち込む。  だめだ、今は落ち込む時じゃないと、軽く首を振った時、省吾が声を出した。 「これはお前にやる」  顔をあげると、省吾がケーキの皿を俺の前に押しやって来た。 「? 俺は要らないよ」  別に好きじゃないし、そもそも飯の後に甘いものなんて、全然食べたくない。あっさりと断ってからケーキに目を落とし、はたと止まる。  まさかこれ。  正面の省吾を見つめると、心外とばかりに眉間にしわを寄せている。 「あ……」  口を開きかけた俺より先に、省吾が口を開いた。 「誕生日っつーたらケーキだろ」  ……やっぱり。  子供みたいな単純発想というか。  笑っちゃいけないと思いつつ緩みかけた頬をごまかすように、皿を引き寄せ、少し形の崩れたショートケーキを見つめた。 「ありがとう」  省吾も単純だけど、俺も単純だ。  こんな事が、嬉しくて堪らない……。  高揚する自分の気持ちを抑えながら添えられているフォークを手に持ったところで、正面からの視線に気付き顔を上げると、箸を手にしたままケーキを見つめ固まっている省吾がいた。 「……半分こ、するか」  俺の一言に、省吾は視線を上げ俺を見つめると、即座にうんと頷いた。  俺は久々に、声を出して笑った。

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