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逢いたかったひと 34
◇◇◇
新人バイトも揃い、卒業組の送別会が開かれた、三月半ばの真夜中。
一足早く酔い潰れた店長をタクシーに押し込んだ後、残ったバイト仲間数名で、花見に行こうと言い出した。
「この寒空の下で花見って……酔っ払って寝たら簡単に死ねるぞ」
冷静に反対してみても誰ひとり聞く者は居ない。酔っ払いの典型が集まった集団だ。三月深夜の寒さを舐めている。
「上野まで歩いたらあったまるって」
「上野ってこっから歩けんの?」
「桜咲いてねんじゃね」
「コンビニ寄ろうぜ、コンビニ」
好き勝手に口を開き、ゲラゲラと笑いながら歩きだす酔っ払い連中の後を、俺も渋々歩き始めた。
省吾も真っ赤な顔して笑っている。だめだ、全員酔っ払いだ。
(省吾と顔を会わすのも、今日が最後か)
省吾の背中を見つめながら、それを切なく思うのも俺だけなんだろうなと思えば、胸がぎゅうと苦しくなる。
会える理由がなくなる。理由がなければ、会えない。
「ハルは春から千葉だっけ」
バイト仲間の五十嵐に話し掛けられ、ああと頷く。
「梶と三上は埼玉、ハルは千葉、俺は東京だし、会おうと思えばいつでも集まれるよな」
これからも宜しくなと肩を叩かれ、俺も笑顔で答える。省吾と会う理由になるなと打算的な事を考えてから、今の会話に名前が挙がらなかったと気付く。
「省吾だけ少し遠いよなあ」
「? 省吾は東京だろ」
「いや、名古屋に決まったらしいぜ。さっきそんな事言ってた」
「名古屋……」
初耳だ。少し前に聞いた時は多分本社と言ってたのに……正式な辞令が出たのか。
「だったよ確か。あいつん所、全国展開だしな。転勤多いらしいから大変だよな」
前を歩く省吾の背中をぼんやりと眺めながら、名古屋ってどんな所だったかなと思い浮かべる。
(名古屋城、金のシャチホコ、熱田神宮、味噌カツ……)
省吾の日常を想像して、俺の日常を想像した。交わる事の無い、平行線の世界。
「着いたー!」
「けど咲いてねぇー」
前方を歩いていた連中の笑い声に顔を上げると、上野公園の入り口が目に入った。
案の定、桜はまだ蕾で、三分咲きといったところか。
とはいえ、真夜中だというのにそこかしこで花見宴会に盛り上がっている人々。この寒空の下でも、皆笑っている。
その光景に日本の春を感じ、ばかだなと思いつつ頬が緩んだ。
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