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逢いたかったひと 35

 仲間の二人がコンビニへ買い出しに向かい、残りは場所探しに歩き始めた。  上を見上げながら、夜桜も綺麗だなとひとりごちた瞬間、同時に隣から声が重なった。 「夜桜も綺麗だな」  ハッとして振り返ると、省吾が隣を歩いていた。心臓がドクンと音を立て、顔が熱くなる。省吾に悟られたくなくて、平常心を装い「そうだね」と返答する。省吾はいつもと変わらない表情で、猫のような大きな瞳をゆっくりと動かしながら、上空の桜を眺めている。 「満開はあと一週間後かな」  俺の言葉に、そうだなと答える。 「名古屋に決まったんだって?」 「あー、うん。入社して一ヶ月は本社研修で、五月から配属だってさ」 「そうか」 「GW中に引っ越しできるし、調度いい」  省吾のアパートを思い出す。物のない、小さな部屋。  新しい場所で、省吾はどんな生活を送るんだろう。 「そのうち来いよ」  桜から目を離し省吾を見下ろすと、省吾は桜を見上げたまま、俺を見てはいない。けれどその言葉は確実に、俺に向けられている。 「名古屋に?」 「観光案内位はしてやるよ」  省吾の横顔をじっと見つめていると、やがて眉間にしわを寄せ、桜から俺に視線を移した。 「黙るなよ、俺が恥ずかしいじゃねーか」 「ごめん、びっくりして……」 「何でだよ」 「もう会えないと思ってたから」 「は? 何で」 「バイトが終われば、会える理由がなくなる」  ボソリと口にした俺を、省吾は呆れたように目を細め、少し笑った。 「変な奴。会おうって思えばそれがもう理由じゃねぇの」  まぁいっけど、と言って歩きだした省吾の背中を見つめた。抱きしめたくて伸ばしかけた手を、慌ててポケットに戻す。嬉しさに震えながら、省吾の背中を追うように、歩き出した足を早めた。  省吾と初めて出会った秋の終わりから、季節は春へと移り変わってゆく。世界はまわっていて、止まる事は決してない。  俺達は別々の人間で、別々の生活があって、別々の道を進んでゆく。  けれどもしも、お互いがお互いを必要として、移り変わってゆく季節を共に過ごせる時がきたら、俺はもう絶対に、間違えない。手離さない。  会いたいと願う相手は、ひとりでいい。

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