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逢いたかったひと 37

「引っ越し、お疲れ」  照れ隠しに名乗らず言葉を投げかけると、ああと返事が返ってきた。 「段ボールに囲まれて寝るのか」 『囲まれる程の荷物ねぇし。寝場所余裕』  成る程、そうだろうなと妙に納得する。 「……省吾」 『うん?』 「誕生日、おめでとう」  言えた。言った直後に、心臓がバクバクと音をたてた。 『……ぶっ』 「な、なんだ」 『お前……俺の誕生日覚えてたの?』  半笑い気味の声で返され、途端に顔が熱くなる。 「俺は一度聞いた事は忘れないんだ」  ふて腐れ気味に答えると、今度は明らかに笑い声。夜中だってのに近所迷惑だろう。引越したばかりの身で。  一言いってやろうと口を開きかけた時、省吾の声が聞こえて来た。 『さんきゅ。なんかくれ』  今度は俺が笑った。 「ホールケーキをあげるよ」 『いらね』 「じゃあ何が欲しいんだ」 『はは、いらねーよ』 「なんだよ」 『お前の電話でなんかテンション上がったし』  省吾の声が楽しそうに聞こえ、俺の心臓はさらに跳ねた。 「……そっちは丸々GW連休?」 『暦通り。明日は一日片付け』 「誕生日に部屋の片付けか」 『うるせー。あ、でも夜は同期と飲むな。暇だし』  暇……。 「暇だから?」 『ん? ああ、近くに同期も住んで……』 「断れ」 『は?』 「暇で会うなら俺が行く」 『は? いつ』 「今」 『今?! 何言ってんのお前。寝るっつーの』  アホかと反論する省吾の言葉には耳を貸さず、番地だけを聞き出し部屋を飛び出した。

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