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逢いたかったひと 39
マンションの向かいに路駐し電話をかけると、眠たそうな声の省吾が出た。
「マンションの前」
『マジで来たのか』
呆れた声と足音が聞こえ、明かりのついた三階の角部屋から外を覗く省吾の姿が見えた。
『信じらんねぇ』
外灯の薄明かりでほのかに見える表情は柔らかで、それだけでもう胸が苦しくなる。胸が痛い。
「見つけた」
『……ほんとなんもねぇぞ。……あ、車ちゃんと駐車してこい、少し行った先の右側にパーキングあるから』
「了解」
車をパーキングに入れてから、俺は省吾の部屋へと向かった。
腕時計に目を落とすと、時刻は五時を回っていた。
早朝にインターホンを鳴らすのも気が引けて軽くドアをノックすると、ガチャリと静かに扉が開く。
白いTシャツに短パン姿で、眠そうな顔をした省吾が立っていた。
「ほんと、信じらんねぇ奴」
目を細めて笑う省吾を見て、不覚にも泣きそうになる。扉を閉めて、玄関に立ったまま省吾を見つめるだけの俺が可笑しかったのか、来たんなら上がれよと言われた。
「千葉からここまで五百キロ、ノンストップで来たんじゃねぇだろうな」
ああ、その位走ったなと頭の隅で頷きながら、ここにきてふと何の手土産もない事に気付いた。しかも誕生日だというのに、なんて間抜けだ。
でも許して欲しい。全部後回しにしてほしい。
目の前の省吾に腕を伸ばし、靴も脱がずに抱きしめた。
また怒らせてしまうだろうか、でも。
「会いたかったんだ……」
呟きは祈るように、静かな明け方の部屋に響く。
「会いたかった……」
冷えた俺の背中に、省吾の腕がゆっくりと回り、抱きしめられたと気付いた時、囁くような声が聞こえてきた。
「……わかんね、けど」
省吾の腕に、ほんの少しの力が入る。
「……声聞いて、会いたかった、俺も」
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