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会いたいと願う気持ち 36

◇◇◇  大学の卒業式を目前に控えた三月半ば。大学卒業組の送別会が開かれた。卒業組の五人全員無事に四月から就職も決まり、店長は安心したと言っていつも以上に飲みすぎて早々にダウンしてしまった。なんだかんだと人が良いんだよなと改めて思えば、やっぱり憎めない。この四年間、飲み会の度に受けた数々のセクハラも、笑って水に流そうと思う。  酔い潰れた店長をタクシーに押し込み、付き添いで井上さんも乗り込んでくれて、去りゆくタクシーを残ったバイト連中で盛大に見送った後、さてどうするかと話し合いが始まった。  バイト後からの飲み会だから時刻は既に深夜二時をまわっている。始発までオールは暗黙の了解で、居酒屋に入るかカラオケに入るかと適当に歩き始めた頃、誰かが花見に行こうと言い出した。  俺も含めて皆酔っ払っているものだから、行こう行こうと盛り上がったところで、唯一冷静さを失っていないハルだけが真面目に反対した。 「この寒空の下で花見なんて、酔っ払いがうっかり寝落ちたら簡単に死ねるぞ」  とはいえ誰も聞く者は居ない。暖簾に腕押し、糠に釘。 「上野まで歩いたらあったまるって」 「上野ってこっから歩いてどんくらいかかるんだ?」 「軽く桜見てさ、寒くなったら店入ればいいじゃん」  好き勝手に口を開き、さあ行こうと歩き出す。三上がスマホでマップを開き、あ、行ける行けると笑っている。任せて良いものか不安ではあるけれど、それ以上にマップを見る面倒のほうが勝つものだから、誰もスマホを開こうとしない。  俺も例外ではなく、良い具合に酒の回った頭でふわふわしながら、三上の後に続いて歩き出した。ハルだけは苦い表情をしているけれども、これは無理だと諦めたのか、渋々歩き出したのを視界の端で確認した。  三上と五十嵐は既に引退していて、ハルも今日が最終出勤日だった。俺と梶があと一日、二日出勤して、長かったバイト生活が終わる。地元を離れて初めてバイトした先で、四年間丸々働く事になるとは思わなかったなと、思い返してふっと笑った。

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