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会いたいと願う気持ち 38

 ふと脇を見れば、少し後ろをハルがひとりで歩いている。上空の桜をぼやっと眺めながら歩いているものだから、少し気になって近くに並んでみた。蹴躓いたら笑うぞ。  隣に立ってもこちらに気付く様子がないので、桜に見入ってんなぁと思いながら、俺も同じように上空の桜を見上げた。外灯に照らされた桜の花びらは、黒い空に白く浮かび上がって、昼間に見る桜とはまるで別物だ。 「夜桜も綺麗だな」  思うままを呟いたら、ハルが驚いたように振り返った。今の一言、そんなに驚く内容だろうか。  とはいえハルが驚いたのは一瞬で、すぐにいつもの穏やかな表情に戻り、「そうだね」と言って微笑んだ。  花見客が途絶えた一角に立つ桜の木の前でハルが立ち止まり、つられて俺も立ち止まる。 「この木、他より少し遅咲きだね」 「そうだな、位置的に日陰がちなんだろうな」 「ああ、そうか」  通り向かいの建物から影が伸びるんだなと、ハルは辺りを見回した。 「全体的に、満開はあと一週間後かな」 「そうだな」  来るのが少し早かったねと言いいながら、ハルはまた夜空に咲く桜を見上げた。ハルの横顔も外灯に照らされて、白い肌が一層白く見える。桜みたいに綺麗だなと一瞬見とれて、慌てて視線を逸らした。 「名古屋に決まったんだって?」  そういえばハルには直接話をしていなかったなと気付く。少し前に会った時にはまだ配属先が確定していなくて、本社近辺じゃねぇかなと適当に話した事を思い出した。 「あー、うん。入社して一ヶ月は本社研修で、五月から配属だってさ」 「そうか」 「GW中に引越しできるし、丁度いい」 「そっか」  ふと気付けば辺りにバイト連中の姿が見あたらない。随分と先へ歩いていってしまったのか、適当にどこかで座り込んでいるのかもしれない。花見客達の話し声や笑い声を聞き流しながら、ハルと一緒に俺も日陰の桜を眺めた。小さな月も遠くに見えて、夜空と月と桜がちょうど綺麗に切り取れる。良い景色だ。 「名古屋、行った事ないな。どんなところだろう」  ふとハルが口を開いた。

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