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会いたいと願う気持ち 42
◇◇◇
引っ越しといっても腰を入れて片付けるほどの荷物もなく、夜になって佐川さんと駅で待ち合わせた。会った直後は流石に緊張したけれど、佐川さんが選んだ店は駅前の大衆居酒屋で、客層は学生風情の若者が多く、馴染む空気にほっとした。生ビールで乾杯し、冷えているうちに喉へと流し込む。
「地元は川崎かあ、勤務地が遠くて残念だっただろう」
「いや、そういうのは全然。大学時代も正月くらいしか帰ってなかったし」
「そうなのか?」
「バイトと大学の往復で終わった四年間でした」
佐川さんは口数の少ない俺の話に相槌を打ちながら、丁寧に聞いてくれた。地元が名古屋だということで、名古屋の事を色々と教えてくれて、会話も上手い。基本人見知りの俺が、まだあって間もないというのにそれなりに会話を成立させている。すごいことだ。
「向こうに彼女はいないのか」
「えっ、あー、いないです」
「おお、そうか。名古屋の女友達でよければいつでも飲み会作るぞ」
「はは、ありがとうございます。俺はまあ、そいうのとりあえずいいかなって」
遠回しに遠慮すると、佐川さんは一重の目を少し大きく開いて、ふうん?と呟いた後、まあそうだなと笑った。
「当分は毎日仕事でヘトヘトだろうし、多分それどころじゃないな」
「はい、頑張ります」
「俺は飲みに誘える後輩が出来て嬉しい。よろしくな」
悪意ゼロの笑顔を向けられて、慌ててよろしくお願いしますと返したけれども、どうやら佐川さんは随分と酒好きのようだ。自分はあまり強くないですと伝えてみても、そうかそうかと笑顔のままだし、意外と容赦のない人なのかもしれない。
ご馳走して貰ったお礼を言って別れ、帰宅した頃には二十二時を回っていた。
いくつかの段ボールとテレビ、収納ボックスとテーブルなど、引っ越し業者が部屋の隅にまとめておいてくれたままの状態だ。
シャワーを浴びて、帰りがけにコンビニでかった炭酸水を飲みながら、とりあえず明日は家電品を買いにいくかとひとりごちる。冷蔵庫と洗濯機は前のアパートの備え付けを使っていたから、新しく購入しないと。
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