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風邪とプリン〜おまけ〜
省吾の体調も復活し、週明け月曜日。
いつもより早目に出社すると、同僚の圭介は既に仕事を始めていた。
「おはようハル。今朝は早いな」
「おはよ。圭介、あの薬くれ。強力なやつ」
自席に鞄を置きながら圭介に言葉を投げると、圭介は片眉を上げて、訝しげな表情をした。眼鏡を外してから、机の引き出しを開けて薬を取り出す。
「何だ風邪か? 珍しいな、体調管理には煩いお前が」
受け取った粉薬を水で流し込む俺を眺めながら圭介はニヤリと笑い、言葉を続けた。
「ショウゴにうつされたか。わざと貰ったんじゃないだろうな、職場に菌を持ち込むなんてお前らしくない」
「省吾は関係ない。すぐに治す」
「以前のお前はもっと賢かったはずだけどなあ」
朝から煩い同僚だ。とはいえ言われても仕方の無い失態で、ぐうの音も出ない。
いつもの習慣で室内に設置されている珈琲サーバーへ向かい、珈琲を落としていると後をついて来た圭介に「薬を飲んだんだから、珈琲はだめだ」とたしなめられた。言われてそうだなと気付く。駄目だ、今朝はかなり頭がまわっていない。
「これは俺が貰うから、お前はスポーツドリンクでも買って来い」
珈琲カップを手にした圭介は、俺の目の前で香りを楽しんでいる。自販機まで行くのも面倒で、俺は自席へ戻りパソコンを立ち上げた。椅子に座るのも面倒で立ったまま、机に詰まれた山積みの資料に目を通していると、圭介も席に戻ってきた。仕事上パートナーの圭介は、席も隣だ。本音を言えば、もう少し離れて仕事をしたいのだけれど、職場で私的感情は出さないように気をつけている。
「ハルはいつまであのガキンチョに溺れているのかな?」
椅子に座りカップを机に置いてから、圭介はニヤついた表情で俺を見上げる。見飽きた顔をジロリと睨みつけても、まるで動じる気配はない。
「煩い。省吾の事を口にするな、俺達に関わるな。省吾に近付いたり触れたりしたら、ころすよ」
「今キスしていい?」
笑顔で返され、眩暈を覚える。俺は軽く額を押さえながら盛大にため息をついた。
「……お前は人の話を聞いているのか」
「そういえば、あの子にまだ隠しているのか? 俺とお前の関係」
ニヤつきながらも刺すような視線。
こいつのこういうところが、本当に嫌いだ。
「進行形みたいに言うな。昔話を敢えて話す必要はない」
「じゃあ聞けば答えるのか」
「省吾は昔の事をいちいち聞いてくるような奴じゃない」
「へぇ? そりゃあ都合が良いな」
疲れる。
無言で席から離れようとしたところで突然腕を引かれ、体勢を崩した俺は椅子に座ったままの圭介の上に倒れこんだ。寸での所で体勢を立て直そうとした瞬間、圭介の両手に頭部を捕まれ、唇を塞がれた。
「…っ!」
潜り込まれた圭介の舌先が絡みついてきたのは一瞬で、唇はすぐに離れた。
ほんの一瞬の濃厚なキス。離れた直後にカッと顔が熱くなった。
「ふざけんな、お前……!」
両手で圭介の身体を押しやり、肩で息をしながら睨みつけると、圭介は濡れた唇をゆっくりと舐めながら、余裕の表情で微笑んだ。
「俺の前で油断するなよ? お前が想像するよりも、俺はお前を愛してる」
ああ、俺はやっぱりこいつが苦手だ。
<終わり>
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