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愛のしるし 7
「……わけわかんねぇ、俺は何にも変わってない。晃こそ変だぞ。なぁ、もう席に戻ろうぜ」
目の前の身体を押し退けようとした俺の手は振り払われ、さらに詰め寄られる。
背後は洗面台。必然的に尻を洗面台に乗り上げて、少しでも晃から距離を取ろうとした結果、逆に自分を追い込む結果になった。
晃は左手で俺の肩を掴み、右手をドンと鏡についた。頭突きでもされるのかと、思わず目を瞑った瞬間。
首筋に吸い付かれた。
「……っ?!」
チリリと走る痛み。
顔を上げた晃はニヤリと口の端で笑い、やっと身体を離した。
「その跡が独占欲丸出しでムカついた」
冗談混じりに言うだけいって、晃はトイレから立ち去った。残された俺は、呆然と扉を見つめたまま立ち尽くす。
(……ハルと晃だけは、絶対に会わせたくねぇな)
いやそんなことよりも。
鏡に向き直り、もう一度襟を開いて首筋を確かめてみる。
「……マジか」
ハルが付けた跡とは逆の位置に、先程まではなかった真っ赤な跡がついている。ハルのそれよりも、くっきりと。
晃が悪戯につけたこの跡で、今夜俺は殺される。
悪魔が降臨したハルの所業を思い出し、正月からとんでもねぇと頭を抱える。
「ふっざけんな晃……」
呟いた所で跡が消えるわけもなく、なんとか隠せないものかと考えを巡らせる。
いっそこれが消えるまでどこかに潜伏してしまいたい。帰りたくない。
(ああでも帰らなきゃ帰らないでキレんだろうな)
ハァと深いため息をついた時、バタンと扉が開く音とともに、背後からのん気な声が聞こえてきた。
「あれ省吾、何うなだれちゃってんの。背中から哀愁漂ってるぜ」
落ち込む人間を見てブハッと笑う失礼な男は、小学からの腐れ縁、完治。昔も今も晃に憧れてついてまわる、犬っころみたいな奴だ。既に酔っ払っているのか、顔が赤い。
「晃がやたらニヤついてたけど、お前なんかされた?」
「うるせぇ、知るか」
「ぶはっ、何されたんだよ、教えろよ」
完治の赤い顔をジロリと睨みつけながら、そういやこいつに何か言いたい事があったような、と思い出す。
なんだっけ。
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