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愛のしるし 9

 洗面台の鏡に向き直り、とりあえず跡を隠そうと襟を直し始めた俺と、用を足し始めた完治。 「そう、あの後から男にも手を出すようになったんだよあの人。本当はその前もあったのかも知れないけど誰も知らんし。まあ付き合うっても晃の性格だから、長続きなんてしねえけど」  完治はカカカと笑いながら手を洗っている。  俺はふぅんと適当に相槌をうちながら、晃の言葉を思い出していた。 『色気が』 『ノンケだよな?』  何かを感づかれたんだろうか。俺が男のハルと付き合っていること?  色気がどうのとか言ってたけれど、俺の見た目が何か変わったとでも言うのか。自分で見ても変わったところなんてないし、わからない。  そこでふと、俺の後ろで電子タバコをくわえた完治の姿が鏡に映り、はたと手が止まる。  そうだ、思い出した。 「そうだそうだ完治! てめぇ」  急に振り返り胸倉を掴みあげた俺に、完治は目を見開いた。 「わっ、何だよ」 「お前だろ京香に俺の居場所言ったの」 「あ?」  昨年の夏頃、言おう言おうと思ってすっかり忘れてた。 「あの後京香が押しかけてきて面倒な事になったんだ、お前のせいで」 「あー、そういやそんな事あったかも。偶然出先で会ってさ、ほら、すげぇ美人だから覚えてたんだよね。声かけたらお前の事聞かれてさぁ」 「うるせーとりあえず殴らせろ」 「ま、待てっ! あ、そうだそうだ思い出した跡消す方法!」  ヘラヘラと笑う完治の胸倉を引き寄せ威嚇したところで完治に肩をつかまれて、とりあえず落ち着けと諭される。昔から調子の良い奴だ。どうせ京香と話がしたくて俺の事をネタに振ったに違いない。目で見たように想像できる。

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