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雪の日(社会人四年目:冬)1

 パソコンのキーを叩く音がそこかしこで響く。  今朝のそれは主に営業の島から聞こえてくる。会議の資料作成に追われた営業達が唸りながらパソコンに向かっている様子を、業務の島の連中は遠目から見守っている。数字を間違えれば全員に迷惑がかかるのと、所長の雷が落ちるので皆必死だ。  今朝から大雪という気象状況も重なり、殆どの営業社員は午後からの会議に備えて机にかじりついている。香取省吾もその一人。  ひと段落ついた所でしょぼついた目を軽くこすり、顔を上げるとすでに昼の十二時を回っていた。うっかりしていると昼食もとらずに会議へと突入してしまう。五時間以上にも及ぶ会議の前にそれはまずいと慌ててコートを掴み立ち上がると、向かい席の岡田が顔を上げた。 「香取さん、飯ですか? 俺も行きます」  ニコニコ笑顔でコートを羽織り、さあ行きましょうと省吾よりも先に出入り口へと向かう。  省吾が勤めるサンコーエイグループでは昨年秋に新事業計画がスタートし、春日所長を筆頭に数人の社員が駅前の新事業所へと異動した。その中には青木も含まれ、常日頃まとわりつかれていた省吾はやっと静かになるとホッとしたものの、代わりに異動してきた後輩の岡田に今度は懐かれるという事態に陥っている。  省吾はふうと肩を落としてから、まあいいかと気を取り直し後に続いた。  階段を降り切ったところで、先に外へ出ていた岡田が声を上げた。 「香取さんすげぇ、銀世界!」  社員用扉を押し開けると、省吾の目の前に真っ白な雪景色が視界に広がった。  普段雪の降らないこの地域では珍しく、一瞬どこかの雪国に迷い込んだような錯覚に陥る。  ふと、以前ハルと訪れた温泉街の景色を思い出した。頬が凍える程寒いのに、繋がれた手も心もあったかい。省吾がそんな気持ちになれる相手は、たった一人しかいない。  音もなく降り注ぐ真っ白な粉雪に見とれていると、ポケットの中のスマートフォンが小さく揺れ、手に取るとそれはハルからのライン通知だった。 『省吾、粉雪が綺麗だね』

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