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桜(社会人四年目:三月)1
東京にも春が来たらしい。
テレビでは桜の開花情報を伝えている。
ふたりでソファに座り、ビールを飲みながらそれを見ていた時、ハルはテレビから俺に視線を移すと思い立ったように口を開いた。
「上野の桜を見に行こう」
ちなみに今は金曜日の二十二時を回った頃。
「いいけど。明日な」
今からと言い出しかねないハルを牽制しての台詞。
「今からでも行けるよ。電車に乗ればすぐだし」
やっぱり。
「やだよ、外寒いし」
「軽く歩いてすぐ帰れば寒くないよ。省吾、行こう?」
「やだ。明日の昼間でいいじゃんか」
「夜桜が見たい、上野公園の夜桜」
ハルの顔が近付き、唇が触れる。そのままソファに押し倒され、抵抗するまでもなくハルの舌を受け入れた。舌を絡ませ水音をたてながら、目を閉じる。
桜。
ハルとふたりで、もう何度見てきただろう。離れている間も、桜が咲く季節には必ず会い、ふたりで眺めた。でも真っ先に思い出すのはやっぱり、あの日の夜桜だ。
ハルもまた、同じように思い出すんだろう。
ふたりで見上げた、上野公園の夜桜。
「……いいよ、夜桜。行くか」
ため息をついて見上げると、ハルは嬉しそうに微笑んだ。
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