300 / 428

桜(社会人四年目:三月)1

 東京にも春が来たらしい。  テレビでは桜の開花情報を伝えている。  ふたりでソファに座り、ビールを飲みながらそれを見ていた時、ハルはテレビから俺に視線を移すと思い立ったように口を開いた。 「上野の桜を見に行こう」  ちなみに今は金曜日の二十二時を回った頃。 「いいけど。明日な」  今からと言い出しかねないハルを牽制しての台詞。 「今からでも行けるよ。電車に乗ればすぐだし」  やっぱり。 「やだよ、外寒いし」 「軽く歩いてすぐ帰れば寒くないよ。省吾、行こう?」 「やだ。明日の昼間でいいじゃんか」 「夜桜が見たい、上野公園の夜桜」  ハルの顔が近付き、唇が触れる。そのままソファに押し倒され、抵抗するまでもなくハルの舌を受け入れた。舌を絡ませ水音をたてながら、目を閉じる。  桜。  ハルとふたりで、もう何度見てきただろう。離れている間も、桜が咲く季節には必ず会い、ふたりで眺めた。でも真っ先に思い出すのはやっぱり、あの日の夜桜だ。  ハルもまた、同じように思い出すんだろう。  ふたりで見上げた、上野公園の夜桜。 「……いいよ、夜桜。行くか」  ため息をついて見上げると、ハルは嬉しそうに微笑んだ。

ともだちにシェアしよう!