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桜 2
◇◇◇◇
予想通り、夜だというのに上野公園は花見の宴会客で大層賑やかだ。金曜の夜ともなれば、まあこうなるよな。
職場の集まりだろうか、団体の宴会で新人らしき若い男がスーツ姿のまま宙返りをして喝采を浴びている。
皆、花見というより酒を楽しんでるだけにしか見えないのは俺だけか。
「毎回思うけど、日本てアホだな」
「はは、省吾の職場はいつ花見?」
「来週辺り召集かかるんじゃねぇかな、お前んとこは?」
「うちもその位かな」
桜並木の奥へと進めばやがて宴会客もまばらになり、辺りは静けさを取り戻していく。
「ベンチが空いてる、休憩しようか」
池を正面に見たベンチは桜の木の下にあった。
「こんな場所にベンチなんてあったかな」
「今だけじゃないかな? 春過ぎに桜の木の真下なんて、大変な事になるし」
「ああ、幼虫がボタボタ落ちて来るんだっけ」
「うん、アメリカシロヒトリとかモンクロシャチホコ、エゾシロチョウ、オビカレハにマイマイガ……」
「もーいいよお前……」
聞いてるだけで鳥肌が立ってきた。
妙に疲れてベンチに腰を降ろすと、隣に座ったハルがポケットから何かを取り出した。
「はい、省吾の分」
手に取れば熱々のワンカップ酒。
「なんだ、いつの間に買ってたんだよ」
「省吾が宴会客を眺めている時」
「買ってたんならすぐくれたらいいじゃねーか。カイロになるし」
「腰を降ろしたこの瞬間に渡すのが良いんじゃないか。用意の良さに感動するだろ」
「ハイハイ……さんきゅ」
そのこだわりはどうでもいい、とは口に出さずに飲み込み、乾杯を交わして一口ゴクリと喉に流し込めば、冷えた身体にじわりじわりと熱がしみ渡ってゆく。
(あったけぇ……)
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