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桜 3
はあと息を吐き、頭上を見上げれば三分咲きの桜。
来週末あたりには見頃だろうかと眺めていると、隣のハルもまた頭上の桜を見上げていた。
「あの蕾、明日には花開きそうだな」
枝の先端の蕾を指差し微笑むハルを眺め、そうだなと相槌を打つ。夜空に咲く桜の色はハルのようだなとふと思い、頬が緩んだ。
白く輝く、薄桜。
「バイト最後の夜を思い出すな」
「うん、でもあの時のが寒かったな」
「はは、そうだったな」
はらり
桜の花びらが一枚、目の前をかすめ、ふわりとカップの中に降りた。
「桜酒だね」
ハルの言葉を聞きながら、ごくんと一口飲み込むと、やっぱりじわりと温かくなった。
「省吾、あの時俺は嬉しかったんだ」
「なにが」
「名古屋に来いと、言っただろ」
「ん? ああ……言ったな」
あの時。
ハルは俺をじっと見つめるばかりで、俺はなんだかえらい恥ずかしくなってしょうがなかったんだ。考えて考えて、やっと口にした言葉だったから。
「本当に嬉しかったんだ……もう会えないと思っていたから」
「はは、大袈裟な奴。んじゃあの時俺が言わなかったら、もう会えないで終わりだったのか」
ハルの言葉は大袈裟だけど、あの時確かに思ったんだ……俺も。
もう会えないのは、淋しいと。
「どうだろう、ただあの時、会いたいと思う人は省吾だけだと……強く思った」
ハルは桜を見上げたまま、呟くようにぽつりと言った。その横顔を見つめてから、俺もまた桜へ視線を移す。
「んな事言ってお前、ちっとも連絡よこさなかったじゃねーか」
「はは、そうか、ゴメン」
「まいっけど……」
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