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きみは誰のもの 73

 空いたお皿を重ねて脇へ寄せる母親に言葉をかけようとして、ためらい、渇いた喉にビールを流す。  その一連を繰り返し、五回目でジョッキが空になり、俺はゴクリと息をのんだ。 「母ちゃん、」  なあにと顔をあげた母親は俺のジョッキに目をとめ、おかわりしようかと言った。 「いや、もういい。あのさ……俺な」 「うん?」 「この先ずっと、一緒に、居たいひとがいる」  俺の顔を正面から見つめた母親の目が大きく見開いた。それから嬉しそうに、目を細めて微笑む。 「どんなひと?」  乾きが止まらない口に水を一口含み、ゴクリと飲み込む。今こんなに嬉しそうにしている母親を、俺はこれから失望させるんだろうか。  でも。 「……」 「ね、会わせてくれるの?」  言葉に詰まる俺に、ねえねえと身を乗り出す母親。予想通りの、嬉しそうな顔。 「何があっても、俺にはもうこいつしかいないって思う、だから」 「へえ……」  母親の頬が綻ぶ。 「小出春樹って、いう」 「ハルキ、さん?」 「女性じゃない」 「え?」 「ハルは、男だ」 「え?」 「だけど、大事なんだ、代わりなんて無理なんだ、俺は…」  完全に固まったなと、冷静に見てる俺がいた。  母親は少し口を開けたまま、少しみたらまるでぼんやりとした表情で、俺の目をじっと見つめて、動かない。  そして俺も、これ以上言葉が続かず、黙ったまま、母親の指先に視線をおとした。  相変わらず細い指。  でも少し皺が増えたな、なんて思いながら。

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