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きみは誰のもの 74
しばらくの沈黙の後。
「……おどろいた」
雫がぽつんと落ちるように、静かな部屋の中で母親の小さな呟きだけがテーブルの上にぽとりと落ちた。
そうかそりゃあそうだよなと思いながら顔を上げられず、テーブルの下でぎゅっと拳を握りしめた時。
「ふふっ」
思わず顔をあげると、母親は目を細めて微笑んでいた。
「ゴメンゴメン、だってほらアンタ、昔から冷めた目で周りを見るところあったから。心配してたのよほんとに」
「……なんだそれ」
そのまんまよとまた笑う。
「すごいわ、そのひと」
すごいって、ハルの事だろうか。
「……孫とか、無理だぞ」
「そりゃあそうねえ」
笑顔の母親がわからない。何て言えばいいのか、わからない。
「なんて顔してんの? ね、いつ会わせてくれるの」
「……ハル、男だぞ」
「一回聞けば解るわよ」
「……」
「さっきはもう決めたって顔しといて、今度は何しょげてんの。色んな事考えて考えて、決めた答えなんでしょ」
瞬きしか出来ない俺の前で腕を組み、ほんの少し首を傾げながら、母親は言葉を続けた。
「あんたの人生なんだから」
「……でも母ちゃん本当は、普通が良かっただろ」
「普通って何よ」
「そりゃ、俺が」
「お母さんにとって大事な事は、あんたが幸せかどうかって事」
ふと昔を思い出す。
同じような事を、子供の頃にも言われた気がする。
ああ、そうだ。あの時も、おんなじ顔で笑ってた。
「もしあんたが世界中を敵にまわしたって、お母さんはあんたの味方なんだからね?」
冗談まじりに笑う母親の姿が少しぼやけて、俺は慌てて下を向いた。
「だから省吾……言ってくれて、ありがとうね」
母親は子供を選べないし、子供も母親を選べない。
俺は、母ちゃんが俺の母ちゃんで、本当に良かったと、心から思った。
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