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夏の王様(社会人五年目 7月)1

 六月も中旬の金曜日。  関東は梅雨に入り、ジメジメとした天気が続いている。  今日は東京支社で新商品研修があり、近郊エリアの営業マン達と共に朝からずっと研修室に缶詰め状態で、十七時過ぎに終わりやっと帰れるかと思いきや、親睦会という名の支社長を崇め奉る会に強制参加させられて、解散した頃には二十時をまわっていた。  雨が降っていても、金曜夜の繁華街はサラリーマンや若者達でごった返し、人波が途切れる事はない。  傘を差しても雨は男達の肩や足に雫を落とす。  スーツや靴が濡れる事も気にならない様子で元気に二軒目へと向かう二次会組の集団からするりと抜け出た省吾は、うるさい奴らに引き止められる前にと、人波をかき分けながら駅へ向かって足早に歩いた。  同居人兼恋人のハルも二十一時には帰宅すると連絡があったから、帰宅してから家でゆっくり呑み直そうと考えていると、背後から良く知る声に名前を呼ばれた。  チラリと後ろを振り返ったが足を止める気はない。追いかけて来たのは二次会組の集団に居たはずの同僚、青木だ。走ってきたのか、息が上がっている。 「良かった追いついたぁ……ってちょっと、足止めてくれないのっ、安定の塩対応だなぁもう〜」  待ってよーと肩を掴まれ、渋々に歩調を緩めたところで隣に並んだアホ木に白けた視線を送っても、全く動じる事もなくヘラヘラと笑っている。 「香取抜けるの上手すぎだよ、気が付いたら居ないんだもん」 「なんだよ、俺はもう帰るし二次会なんて行かないぞ。追いかけてくるんじゃねぇよ」 「違う違う、俺も抜けてきたの。今日はちょっと、ハルと香取に折り入って相談したい事があってさ」  青木の「折り入って相談」なんて、ろくなもんじゃない。キッパリ嫌だと断ったにもかかわらず結局マンションまでついてこられて、家の中へ上げる羽目になってしまった。 ◇◇  先に帰宅していたハルは青木の顔を見るなり苦虫を噛み潰したような表情で出迎えたけれども、青木が手土産のビール十二缶を差し出すなり、あっさりとリビングへ通した。現金な奴だ。

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